シンクロニシティ
『そうだ、事故の影響を考えて、なるべく水谷と春日には目に触れないようにしてくれ。事故に遭遇した二人の精神状態を見ていきたい。そして、この電話での命令の復唱は不要だ』
『はい!! 復唱いたしません!!』
『俺のいる場所は伝えた通りだ。俺から連絡がない限り電話はするな。静かに行動しろ』
『はい!! 連絡いたし……』
田崎の復唱を確認する間もなく、通話を切断する鈴村。秘密裏に動きたい鈴村にとって、田崎の生真面目さの難をみせる対応に不安も感じつつも、身動きがとれないのか、森林の中、少なからず周りの鳥の鳴き声や草むらの揺らぎの気配に神経を傾ける聞き耳と視野を用いて、とくに行動を始める初動もなく、その場でたたずむ。
その表情は、先ほどまでの電話をしていた表情とは違い、力を抜いた穏やかさを感じる。木々の揺れる葉からまばらに降り注ぐ日差し。あまりにも自然を感じられる空気感。その殺意も悪意も感じない『違和感のない』一人だけの無限と感じる時間に、目を閉じながらも深い呼吸を味わっているかのようでもある。
自然の静けさから耳に入ってくる異音。鈴村から見て館の方向には話し声が聴こえる。桜の指示により館への瓦礫撤去による顧客捜索が開始したと思われる。
館の玄関付近は完全に吹き飛び、中央の階段が剥き出しに正面にそびえている。どこから捜索を始めるか迷うほどの中、先ほどまで鈴村と会話をしていた田崎は、誰よりも先に階段の正面へ向かい、体を低く屈めながら左右を見渡す。一見瓦礫の様子を眺めているだけの自然な振る舞いにも見えたが、階段の一番下の段でバランスをとるように寄りかかっている左手は、細かい動きをしていた。そして突然立ち上がると、桜へ振り向き、はっきりとした声で自分の行動の許可を求めた。
『水谷チーフ!! わたくし田崎は、爆発によって森林に火種が飛んでいないか簡単に見て回りたいと思います!!』
うなずくだけで了解をした桜が違和感を持つことなく、田崎は館を背にして、アナログ時計で言えば短針が9時の方向へ、迷うことなく向かった。
けもの道も感じない森林への入口には草の低いと思えるところから足を踏み入れ、数秒で館の前で思案する職員には、田崎の姿は確認できないほどの茂みへと入っていた。
田崎が森林へ侵入すること約2分、田崎の右手側より静かに鈴村は現れた。
『あ、あの……もしかいたしますと……』
『ああ、鈴村だ……見つかったか?』
『あ!! お!! お疲れ様です!! わたくし!! し、支所職員の!!』
『もう挨拶は十分と電話で聴いた。もしあるなら見せてもらえないか?』
『は!! はい!! こちらになります!!』
極度に慌てながら作業用のズボンの左側ポケットから、鈴村が求めていた葉巻がでてくる。震える左手から自分に向けられた葉巻を丁寧につまみながら引き抜く鈴村は、静かに葉巻を両手の指でつかみ、潰れない程度の力加減で感触を確認していた。その感触に何かを感じたのか、言葉を待つ田崎に伝えた。
『良くやった。君は実に職員として優秀な存在だと感じるよ』
『は!! はい!! 恐縮であります!!』
『その調子でもう一つの捜索も上手くやって欲しい。そして田崎、君の功績は頭にしっかり入れておくから、何か進言したいことがあったときはしっかり耳に入れよう』
『は!! はい!! ありがとうございます!!』
『あと、君の支所の所長の名は……』
『はい!! 町田です!!』
『そうか……では、その町田には、俺はしばらく支所を周ることはしないと伝えておいてくれ。個人的な調べ物があってな……そして、半年後には、これから世間で起こる現象の会議を行うと言ってくれればいい』
『現象、ですか? どのような』
『まだ詳細は言えないが、その確認にしばらく時間が掛かる。君にもその現象が理解出来たとき、半年後、君からもその現象の感想を聞きたいものだ』
『は!! はい!! 了解いたしました!! 町田にはそのように伝えておきます!!』
『ああ、もう一つの捜索は信用できる人間と、上手くやっておいてくれ。そのうち写真や映像で確認できればいい。そして、話はこれで終わりだ』
『はい!! ご命令いただき!! ありがとうございました!!』
田崎に背中を向けた鈴村は、振り返ることなく、更に森林深く、そして田崎は目で確認できなくなると、鈴村の方向に一礼して、瓦礫の館に戻る。
鈴村が森林を少しの時間巡っていると、森林がひらけた空間に出る。静かに目だけを辺りに泳がせると、岩石が埋まっているであろう草木の生えないところに目を止め、静かにそこの上に立つ。
田崎から受け取った葉巻を取り出して、一度は使用したと思われる先が黒く焦げた葉巻を両手に持ち、巻かれている、茶黒な葉をはがし始める。丁寧に、中に潜む、壊れてはならないものを無事に確認するため、落ち着いて広げていくと、葉巻の中からは、虹色に輝く粒子が積もるカプセルを手にする。片手の指でつまみながら、覗くようにその輝きを眺めていると、目をつむり、意を決したように両手の指でつまみ直し、自らの体にまんべんなく広がるように振り撒いた。光に包まれたRの鈴村は、誰に知られることもなく、モンストラス世界より姿を消した。
◆◆◆
13:08 人間の鈴村が管轄室に入室する58分前。
Rの鈴村は、リンクソースの光により形が形成され、シンギュラリティ世界に現れる。モンストラス世界と同じような岩石の上でたたずみ、どことなく周りの景色は違うが、その場所だけは草木がない。その場所に選んだ理由は、鈴村がほかの物体と同化してしまうような不穏な可能性を最低限防ぎたかったからである。
館の近くでリンクを始めた事で、モンストラス世界と同じ付近にリンクされた鈴村は、すでに無くなっている館に向かって歩きだす。
――シンギュラリティ世界か。携帯電話は破棄した。俺の位置の全ては把握されないはず。本体に気づかれる前に接近……水谷桜に言ったように、まず世界をひとつに……そして…monstrous時代はモンストラス世界ではもう起きないだろう。
館の有無を確認したかった理由もあり、そして自分の所在地を確認したかったため、まずは館の場所まで歩く鈴村。今後の考えを巡らせながら、目的の場所に踏み入れると、やはり館は消失しており、不自然なくらい鮮やかな芝生がその一帯に生えていた。しかし、目に触れたものに、多少なりとも驚きを隠せなかった。
――この星を……ん、こいつは……まさか!?
近づき、様子を眺めて、それに手を触れる。そこに感じた未来への予想図に更なるスパイスが加わったかのように、想像以上の期待と、予想の出来ない展開のユーモアからか、逆光に暗くした表情の口元は、白い歯が少しずつ大きく広がってみえる。
「ハハハハハ!! 予想外かもな! 鈴村にとっても! 桜にとっても! 俺にもな!」