シンクロニシティ
【バタフライ・エフェクト】 蝶の羽ばたきは惑星終焉序曲
「どうだ? あれでも助かるか?」
「不思議ですね……あれだけの出血で命を取り留めているなんて」
13:51 シンギュラリティ世界。LIFE YOUR SAFE本部。救急治療室。
モンストラス世界よりリンクしてきた鈴村は、救急診断と治療の経緯である患部状態を尋ねる。
「何があったんでしょうか? 無意識の中でありながら、見た目からは想像出来ない筋肉の質量と収縮による止血。一言……有り得ない事例です」
常駐医である『香山弥生かやまやよい』は、未知な回復症状に、鈴村への答えを遠回しに出来事の真相と興味を尋ねる。
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通常であれば、医師に詳細を伝えることは義務でもあり、治療にあたって聞くべきでもあるが、シンギュラリティ世界とモンストラス世界を行き来する鈴村へ、出過ぎた言葉や、鈴村本人が伝えてこない事は、全てが差し出がましいと思うのが普通であった。それは支所の職員と違い、噂以上にモンストラス世界へのリンクを慣行している事を知っている本部職員であるがゆえ、鈴村の職務は、混乱を防ぐために『言えないこと』の方が多いからである。
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「あ、すいません……余計な事を言いました。まず、命は取り留めました。ただ……傷ついた臓器は……すぐに手術して人工臓器を使用する事になるでしょう。他の臓器への負担を減らすためにも広い範囲で……」
「人間と言える範疇か?」
「はい! 人間です! 男女生殖機能の肉体構造があるか、寿命もあり、遺伝細胞がある限り、どれだけ臓器を人工的にしても、シンギュラリティ世界の定義では人間です。ただし、もしこの方がRの場合は……」
「Rの場合は?」
「はい……ご存知の通り、毎週シンギュラリティ内を、周波数をRに合わせた『EMP』により、人間とシンギュラリティ世界のANY以外の、意思を持ったRが拡散しないよう、その場で機能停止とされるでしょう」
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EMP。高エネルギーであるサージ電流が発生して、通常以上の電流が伝わる現象。Rの機能停止のみに考えて作られており、都市を包むドームの路線より規則的に放射されている。シンギュラリティ世界では本部内の職員のみ、日程を認識しており、鈴村が知らない訳が無いこともわかっている上で、弥生は日程の認識確認をされているのかと感じながらも、素直に鈴村へ伝える。
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「次の予定は?」
「はい……確か、今夜……ですね」
「一応聞いてみたが問題ない。こいつは、人間だ」
「そうですか! 安心しました。必要ならクローンの肉体にと思いましたが……鈴村管轄がその点を踏まえていない訳がないと思いますので……余計な事を言いました」
「いや、いいんだ。細かいシステムを見直さなければならない時期もあると思うから、再確認したかった」
「重責は理解しております」
「では任せるぞ」
「はい! あ……この方のお名前は」
「特別任務中だ……救急と言えど、今、個人情報は開示出来ない」
「先程は……いえ、管轄がおっしゃるなら」
言葉を続けたかった弥生。しかし鈴村をこれ以上わずらわせる事も出過ぎた言葉と感じ、聞きたいことがあれば鈴村から漏れなく聞いてくるだろうという意識に切り替えた。
そのまま鈴村は弥生に聞こえない程度の息をつき、処置室を退室する。
「さぁ……始めるわよ」
弥生の上部天井から患者体内の構造が映るモニターが天井と平行してゆっくり下がってくる。手術代の下、内側から弥生をサポートする関節の多く長く伸びた鉗子かんしやゾンデや剪刀せんとうが触手のように伸び上がる。
その中のひとつ、ボイスレコーダとして機能している触手が、弥生の口元に近づき、弥生も顎を近づけ、これからの展開とボイスレコーダーに吹き込む。
「14:00……本日2件目の緊急手術……Aさん……男性」
14:06 LIFE YOUR SAFE 本部管轄室。
その部屋は、応接する為の部屋として使われることのない、完全に閉鎖された空間。厳重な壁と、多重に開閉される交差する扉。光沢あるドアに黒い影が近づく。
「鈴村だ」
手のひらを扉にヒタリと密着させ、振れないように真っ直ぐ扉に映る自分をほんの数秒眺めていると、指紋、網膜、声紋の全てが一致と判断され、一枚、二枚、三枚と交差に開く扉。鈴村は認証されると、静かに頭から入室する。
入室と同時に点灯する照明。壁一面のモニターは、本部内全ての監視映像が一望できる。その空間に佇む鈴村は、特に何かに触れるような気配も出さない。ただ、聞き耳をたてる。
<モンストラス-誤差-現在-ゼロ日。更新-調整完了。モンストラス-誤差-現在……>
「わかった……ANY! 『180日』進めてくれ! 時間はシンギュラリティ世界と同期しろ」
<モンストラス-180日-advance(進行)-了解-準備完了-約20分-準備完了後-自動更新予定>
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180日。それは刈谷の任務期間を意味する。刈谷や桜にとっては長い半年間であっても、鈴村にとってはモンストラス世界の進化を強制的に進ませて、結果だけを見ることができる。モンストラス世界という惑星自体が若いままの変わらない星であっても、Rにとっては、その半年間は『確実にあった出来事』であり、早送りで進む世界でも、体感できない。それは太陽を中心に周る星たちが、さらに自転という星独自で回転していても気づかないものと同じであり、一秒で数千キロメートルで自転する星でも、その星で地に足をつける者には一切体感できないものである。
鈴村の言葉を的確に認識して、その問いに答えるANY。わざと人間らしくない言葉にしてあるのか、それはとても機械的な音声であり、単語を並べたような返答。そして無駄がなく、人間と機械を区別したかのような声が広すぎない反響しそうな部屋の中で響く。
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鈴村は監視映像モニターを眺める。外のモニターには、普段着陸している向きと逆の方向にヘリコプターが止まっているのが確認できる。ヘリコプターのロゴには『LYS』と表記されているが、本部使用のヘリコプターではなかった。
――支所から誰か来たか。俺に係わることであれば入口で一旦止められるが……警備員……モニター上、特に問題ないな。
警備室やその他のモニターを眺めても、警備員の挙動に問題が無いことで、意識を切り替える鈴村。
――まずは潜入開始した刈谷を確認したところで『ZONE』をインストールしなければ。いや、万全を期すなら新プログラムの『シンクロ』を試す手もある。すでにRの水谷には急遽優先して更新と共に『ZONE』適応してるはずだ。「モンストラス更新情報を教えてくれ」
<更新回数128>
<R強制消去回数6>
<予想更新との誤差+54>
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更新。それはデジャヴュがモンストラス世界全体で行われた回数であり、同時にデータの劣化により強制消去されたRの人数。