シンクロニシティ
――刈谷に様子を探られてる。やり通す!! 「おい!! ふざけた事言ってんじゃねえぞ!! 早くしろ!!」
「くそ!! どうなってやがる……チーフ!! おかしくなっちゃったんすか!?」
「手伝わないなら帰れ!!」
刈谷は桜の形相に押され、春日の体を二人で持ち上げて、門の囲いから抜く。そして丁寧に地面に置くと桜は、春日の顔を叩きながら声を掛ける。
「おい!! 刈谷!! おい!! あ゛あ゛あ゛ー!!」
うなだれる桜に刈谷は声を掛ける。
「チーフ……俺……何がなんだか……俺は……春日じゃ…ない」
桜は少しずつ顔を上げ、執拗に訴える刈谷に向かい疑念を尋ねる。
「おい!! その根拠はなんだ!! お前が・カ・リ・ヤ・と言う根拠は!!」
「それは……支所に帰ればわかりますしぃ、全ての報告書とかで証明出来ますよ!!」
自分への疑念を晴らす為にも、刈谷は桜の目を真っ直ぐ見つめ訴える。
「じゃあ確認してやる!! おかしな事を言っている奴と仕事は出来ないわ!! ここで待ってろ!!」
桜は携帯電話を出し操作しながら車に向かう。どのようにこの場を切り抜けるか考えながら、まずは明らかな人物へ連絡を取りたかった。その桜の背中を眺める刈谷は、自分の存在を疑うことなく、それまでの自分が知り得た情報と老体である加藤の所在を心配する。
「はぁ……何が起きてる!? あの地下室はどうなってる!?」
刈谷はまだ煙の立ち込める館に近付き、階段付近を眺める。
「駄目か!! 瓦礫をどけないと確認出来ない!!」
瓦礫をひとつひとつ退ける刈谷を見ながら桜は、右手に持つハンカチで、頭の傷口を抑えながら電話を掛ける。その番号は、あくまでも記憶の中で知っている番号。繋がれば、今の状況のほとんどが整理できる相手だった。
「管轄……ですか?」
「水谷か……どうやらお互い、自分の肉体に落ち着いたようだな」
「はい……Rの刈谷も自分の肉体に戻ってますが、この世の認識はどうなってますか?」
「今、俺は見慣れない森林の中にいる……一番刈谷に近いお前なら、わかるはずだ。調べるのに一番良いと思える方法は、何だと思う?」
「そうですね……私の声では知られているため難しいですが、匿名や顧客を装って支所の刈谷や春日の名前を呼び出すのはどうでしょう。不在と言われると思いますので、その時に、例えば体格のいい体型の人物だったか、スマートな体型かなどと、あやふやに特徴を伝えて一致しているか尋ねると、返答がくると思います」
「いいだろう……俺が確認する。かけ直す」
桜は着信音をサイレントに変え、Rの鈴村からの返事を待つ。Rの刈谷を観察しながら。電話を掛けているフリをしながら耳にあて、バイブレーションの着信を待つ。そして着信は、想像よりも早く掛かってきた。
「はい……」
「水谷……刈谷という者は支所に存在しない」
「そ、それじゃあ、なら……あの刈谷は……自分を刈谷と信じている春日ですか?」
「春日の特徴を尋ねたところ、細身の体格と言われた」
「細身……刈谷は春日の認識。では、どうします?」
「春日を、刈谷にしてしまうんだ」
「え!?……どういう形にするんですか?」
「支所全体で、春日が爆発事故により、ショックにより別の人格が現れたとして、解離性同一性障害が起きた事にする」
「解離性……多重人格ですか!?」
「そうだ。皆の意識を刈谷に集中させろ。我々への意識を隠す為にも、本来シンギュラリティ世界からの監視役と思われた人間の刈谷がいたが、Rの刈谷を人間の刈谷だと思わせるんだ。そして我々の管理下に置く。職務不能だと思われる判断でも、半年間の保護義務を利用しろ。そして、俺はシンギュラリティ世界に行き、あえて存在しない者の葬式を職員や本人の記憶として作る。このRの世界なら記憶操作もできるはずだ。そして、暫くして……刈谷が春日の話を露骨に始めた時、お前がチーフとして、様子を見てきた結果、治らず、心身喪失扱いで病院送りにすればいい。本人は刈谷と言い張るだろう。自分で首を絞める事となる」
「管轄……大胆な発想ですが、可能ですか?」
「さっき言った通り、我々は世界を一つにするために、すでに大胆な事をしている。それに比べれば、大した事ではない。そして同時に、シンギュラリティ世界の様子を見なければ。まずは本体の刈谷とお前の生存の有無」
「管轄!! 私の本体はZOMBIEが!! 刈谷の本体は私が始末しました!!」
「始末したはずだが、加藤達哉の件もある。今の刈谷が本体という可能性もある。慎重に事を運ぶんだ」
「わかりました。支所は私がまとめます。シンギュラリティ世界はお任せ致します」
「よし……あと、お前がシンギュラリティ世界に行ける手段は残っているか?」
「いえ……思ったより時間が戻ってしまいまして、鉄柵に刺さったのは葉巻を持っていないRの春日でした」
「葉巻か……わかった。話は以上だ」
認識の解離を体験したことから生まれた発想か、それを元に桜と鈴村は策略を練り、混沌の先にある、Rでなく、人間としての存在の為に、あざむき、実行する。そして桜の言葉を待つ刈谷は、この世界の根本を語った、加藤達哉の消息を確かめるため、瓦礫を掻き分け続ける。
「ハァッ! ハァッ! くそ! 加藤達哉! まだ生きてるよな!! ハァッ! ハァッ!」
策略を終え、亡霊のようなものを追っている刈谷に近づく桜。
「おい、確認が取れた……お前は確かに書類上は『刈谷』だ!! だけど私の今までの記憶は違う。お前……このことは誰にも言うな!! いや……言わないで欲しい。私は……このままだと……心身喪失者扱いだ。仕事を失う訳にはいかない。殴った事は謝る。思い出すまで普通に接してくれないか? ……刈谷」
「あ、いやぁ……もう大丈夫ですよぉ。気にしないで下さぃ。それと……内密……了解しましたぁ。きっと頭を打ったせいで一時的なものだと思いますねぇ」
「すまない……そして刈谷。お前が無事で良かった」
刈谷は桜の言い分を快諾すると、瓦礫がれきの撤去を進める。
「刈谷、何を捜しているの?」
「はぃ! この階段の地下室に加藤達哉がいるんですよぉ! もしかして生きているかも知れません」
「二人の効率は日が暮れるわ! 今、職員に要請出す。その方が早い」
「そうですねぇ……解りました!」
瓦礫の量を見て諦めのついた刈谷は、桜の指示の元、職員の到着を待つ。