シンクロニシティ
――クッ!! 離れなければ!このまま体を掴まれたら勝ち目がない!! くそ、なんだこれは!? 何故動きを読まれる。monstrous時代は全員がこうだったのか!? 『ZONE』空間でも先に読まれる方が早いなら、かなう者がいるはずがない!!
ゆっくりと口元が笑みに変わる、鈴村の容姿をした加藤。振り上げた拳を防御に廻す姿勢に間に合わない、刈谷の姿をしたRの鈴村。壁際に攻められた体は足を使って逃げる事を躊躇ちゅうちょする。逃げる道が既に読まれているだろうという疑念。
加藤より数十倍の思考時間があるにも係わらず、monstrous時代の産物である加藤の怪物的な能力を軽んじた油断により、その永い時間は自分を戒いましめる皮肉な時間と変わる。
その戒めの時間に、加藤の笑みは喜びに変わり、懐に居る狂気の怪物は、刈谷の姿をした鈴村の防護服をスーツごと引き裂く。その引き裂く腕力に、鈴村の心は覚悟する。
見当たらない弱点。理解出来ない程の先読み。普通の時間の流れよりも1/50(一秒経過するまでに50秒)で進む『ZONE』空間の脆弱。
鈴村は考える。普通の人間より何倍の身体能力があるのかと。別の部屋にあった残骸、やはり喰うのかと。そしてこの空間でゆっくりと、予感する次の攻撃。引き裂かれる勢い、だが死ねば発動するデジャヴュ。死なない程度と言った加藤。どこまでいたぶられるものかと。
Rの鈴村の心は、人間の鈴村である本体と同じようにみえて、環境により変わる思考なのか。信念の弱い思考なのか。心で認めた敗北。
鈴村が諦めそうな刹那、加藤の姿勢が変わる。永遠と感じさせる恐怖の怪物は、突然、想像よりも体を低く構え、態勢の変化のあとに確認するかのような目線、それは桜のいる玄関に向けられた。その加藤の目線を感じた鈴村の目の前には、狙いの集中した銃弾が加藤の頭の上と、鈴村の目線のすぐ下を通過する。
その銃弾の軌道元は、人間の鈴村がANYを用い、設定していた、『ZONE』の許可をもらっていたRの桜が、この『ZONE』空間を認識しており、消音機のついた拳銃を構えて発砲が終わった様子。
その桜の目線は、飛び降りているRの刈谷と思われる春日の体が、鉄柵に刺さる瞬間を目撃していた。そして『ZONE』現象は終わる。
「加藤!! 私達を倒すのは無意味よ!! 今、刈谷のRが飛び降り自殺をした!! デジャヴュが始まるわ!! あなたの自由は終わりよ」
言い放つ桜の言葉に、余裕に溢れていた加藤は、顔を歪ませる。
「水谷!!」
「はい!!」
「どの結果に転ぶか予想不可能だ!! Rの刈谷に怪しまれるな!! そして、予定通り、世界を一つにするぞ!!」
「わかりました!! そして、加藤達哉……終わりよ」
加藤は隙を見せた。それは『ZONE』が解かれてからの矢継ぎ早な桜と鈴村の会話と、飛び降りた刈谷によるデジャヴュの可能性、それに対して立ち回る優先順位の思考が一瞬遅かった。
鉄柵に刺さったRの刈谷が死ぬ前に、デジャヴュにより肉体が戻らないと想像できる最低30分以上は、刈谷を生かせるように手当をするべきか、そのために目の前の桜と鈴村を戦闘不能とするか。
そのような面倒を全て省くかのように、加藤の野望を崩したと確信した桜の冷たい口元の笑みと同時に、桜が立つ玄関の真左にある、大量に積まれた爆薬に向かって、発砲する。
「ぐがぁぁぁあああ!! 俺は!! あんな体に戻らんぞおぉぉぉ!!」
木魂こだまするような加藤の叫びと同時に、monstrous時代の戦慄のモンスターは、モンストラス世界より陰を潜める。
館は一瞬で爆発した。飛び散る木片に激しい黒煙。その爆発と同時に、Rの桜と鈴村と刈谷の意識は飛ぶ。その飛んだ意識は消滅せず、揺らぎ、くすぶり……違う場所で目覚める。
「ん! 俺……生きて……いるのか?」
刈谷はゆっくり起き上がる。そして辺りを見ると館は原形がなく、頭から血を流した桜と、門に串刺された春日の姿が見える。
「春日……俺があそこに……墜ちた……意識が……入れ代わった!? チーフは!?」
三階から飛び降りたRの刈谷は自分の体に戻り、それまでの『ZONE』空間の出来事も知らず、気絶しているとみえる桜に駆け寄る。
「チーフ!! チーフ!! 大丈夫ですか!?」
意識がゆっくり戻る桜。頭に響く音は聞きなれた同僚の声と雰囲気。デジャヴュが起きた事を認識しながら自分の立ち位置を考えながら慎重に返答をする。
――この雰囲気は……Rの刈谷。姿も元に戻ったか。「ん……お前……か……もう一人は?」
「良かった!! 頭以外の怪我はないですね。春日は……残念です」
「ん? ………春……日?」
桜は起き上がる。そして串刺しになった者を見た瞬間、名前を叫ぶ。
――刈谷の姿で春日を春日と言った。この世界の認識は……おそらく逆転したままだろうか……刈谷への世間の認識は、まだ春日? く、一貫性を保たなければ。「か、か……刈谷ー!!」
「はぁ!? 刈谷?」
刈谷に抱きかかえられた手を払いのけた桜は春日に向かって走り出す。
「刈谷!! なんてことに!!」
刈谷よりいち早く春日の遺体と思われる鉄柵に近づく。桜にとって、現在の鈴村と加藤の認識の所在がどこにあるかなどの心配もあったが、刈谷に眺められている手前、今、目の前で起きている惨事に対応するしかなかった。
しかし、骸と思っていた春日に触れ、大きく取り乱したかった桜であるが、その凄惨な体躯の右手は微かに反応していた。
「ぅう……」
――これは……春日は生きてる? いや、息を吹き返した? それに……誰の認識?
大きくわざと春日の体を揺らし、微妙な春日の生を刈谷に悟らせないよう芝居をする桜。しかし、鉄柵に刺さった春日から、続けて微かな呻きが春日から聴こえる。
「ぅぅう……く」
――息を吹き返した!? くそ……どちらにしても助からない。生きていると認識されてないレベルなら……いや、一度は死んだと認識されて生き返ったなら、もしかしてデジャヴュは起きないかもしれない……それでも、デジャヴュがおこる覚悟で。
刈谷に背を向けた桜は、痙攣を見られない様に体を揺さ振りながら、誰の意識のRか確認する前に、力強く、力強く、刈谷に背中を向けながら、春日の口を塞ぐ。
「おい春日!! 刈谷の体をここから抜く!! 手伝えー!!」
その言葉の裏に、掴んだ腕から、脈拍が感じられなくなった時、春日と呼ばれているRの刈谷は、困惑しながら近づく。
「ちょっ、あの……彼は残念ですけどぉ、刈谷は俺です!!」
桜は刈谷に顔を向け睨みながら近寄る。その口を塞いだ手は力強く握られている。
「ぐぁ!! ………チーフ」
桜は刈谷の顔を殴る。殴る気配を感じていた刈谷もまた、桜の行動を見極めるために、甘んじてその拳を受ける。