シンクロニシティ
防御の構えで刈谷の名を叫ぶ桜。三体六本のZOMBIEの両手が伸びてくる。
「がああ!!」
「ぐぅ!」
二体のZOMBIEは何かの力により吹っ飛ぶ。ZOMBIEの呻きに理解が出来なかった桜だが、加藤に想像以上の俊敏さがあったのかとも想像でき、そこに立つ人物を桜は見上げる。
それは、広く、見慣れていない大きめの背中だった。
「桜ぁ……怪我……してないか?」
そこには、春日の姿をした、刈谷が立っていた。
「き、恭介!?」
刈谷に襲い掛かるZOMBIE。空手の練習のように、鏡を見ているように蹴り出してきた自分の姿をした者の足を、両手で受け止める刈谷。
「おぃ……ずいぶん……俺の姿でぇ!! 大事な奥さん傷めつけてくれたなぁ!! ぅらあああ!!」
重量のある春日の体格を使った脚でZOMBIEの首を蹴り、そのまま壁にたたき付ける刈谷。手加減のない勢いと、いつもより太い足が作用して、ZOMBIEは首が折れ、その場に倒れる。
「春日ぁ? いや刈谷かぁ?」
「ぁあああ!!」
刈谷の背中から起き上がり、刈谷に掴み掛かろうとするZOMBIE二体。刈谷は一気に床へかがみ、地に付けた足を左に180度回転させ足払いする。
「ぐ!!」
倒れたZOMBIEの首を容赦なく、重く蹴る。足払いを避けたZOMBIEは刈谷の首を腕で締め付ける。
「く! この……やろう!!」
刈谷は足のつま先で真後ろのZOMBIEの顔を刺すように蹴る。そして桜を背に向けて、構える。その時、刈谷の腰で違和感のある手探りがあった。
「くぅ……痛いなぁ?、はははぁ?、刈谷ぁ?」
「恭介!! しゃがんで」
春日である刈谷のホルスターから抜いた拳銃を抜き取っていた桜が、しゃがんだ刈谷の先に見えるZOMBIEの頭を、冷静に、この戦慄の終わりを告げる一撃で撃ち抜く。
両膝から落ちるように意識を消滅させたZOMBIEが、倒れる音と、床に服が擦れる音が聴こえるほど、その場は静寂となった。
誰の気配も感じなくなったと判断した安堵、使い慣れない春日の姿に止めていたような呼吸を激しく始めた刈谷の声から、その場の空気は動き出した。
「はぁ! はぁ! はぁ! なんだ? 随分体が動き辛いな!!」
しゃがんでいた姿勢から立ち上がろうとする刈谷の背中から、叫ぶ桜。
「恭介ー!!」
中腰の刈谷の背中に大きく広げた両腕で抱き着く桜。
「桜……大丈夫か?」
「振り向かないで……私、酷い顔してる……あなたも姿は違うから、今は背中だけで十分。ありがとう」
「姿が……違う?」
安堵感と込み上げる切なさに涙を流す桜。再び静寂となった空間は、二階で誰かが倒れる気配により終わる。
「お、おぃ……まだ……居るのか?」
「奴らじゃないの」
桜は目を開き、起き上がった刈谷の背中に触れながら一緒に二階へ降りる。
「加藤達哉……あなたは……どうして生きて……」
「そこに……転がっているわしは……さっき 死んだのは わしのRだ 能力に よる導きにより 外に 出ていたんだな。 だが この歳では 勝てん人数だ」
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この加藤達哉の館は、すでにモンストラス世界で存在していた館そのものである。リンク転送により送られた情報は、館の室内の物体だけであり、すでにモンストラス世界でつじつまを合わされるように存在していた加藤達哉のRは、館の外に出ていた。
それが能力による消去の回避だったのか、外でZOMBIEに出くわした加藤のRは、シンギュラリティ世界から生還した加藤の身代わりとなることになった。
---*---
加藤の言葉を聞いた刈谷は、当たり前に同じ人物が2体いる内容の言葉に、この世界のことを尋ねる。
「おぃ……この世界……モンストラス世界か?」
「そうよ……恭介あなたは、本部に利用される。けれど大事な任務なの」
刈谷は右手を首にあてながら困惑の様子をみせる。そしていつも見る桜は、ほとんど背の高さに違いはなかったはずだった。自然と見下ろしている高さに違和感を抱く。そして、まだ背中を向けたまま、顔を向けてないことも気になっていた。
「任務? ちょっと待て、俺の……身長……この手の平……なんだ? この体……」
「そう……あなたは今、春日よ」
「春日ぁ!? どういう事だ」
背中を向けていた桜は、うつむきながら刈谷の顔を両手で触り、顔を上げ、真っ直ぐ眺め、涙ぐみながらゆっくり話す。その傷だらけで、青く腫れた桜の表情に、刈谷は唾を飲み込み聴き入る。
「今……説明しても、これから私がすることで、あなたが記憶はなくなる。私は、この世界の、春日を……殺す……そしてもうひとり……う゛っ!」
「お嬢 さん 何という 事だ」
「ど! どうした! ……ぁあ!!」
桜は目を激しく開き、ゆっくりとまぶたが閉じる。そして向かい合った刈谷に倒れ込む。その後ろには、全身がただれ焦げたZOMBIEが、笑みともとれる様に、口を開き、たたずんでいた。
「目的……達成だなぁ」
桜の背中には、斧が深く刺さっていた。
「おい! 桜ぁ!! 桜ぁ!! わあああああああ!! ……てめぇ」
刈谷は背中の斧を引き抜く。そして殺意を纏いZOMBIEに近づく。
「目的はぁ……達成だぁ……お前らはこれで……」
「がああああああ!!」
聞く耳を持たない刈谷は、ZOMBIEの首を一息で撥ねる。そして倒れる落ちるZOMBIEと同時に、膝をつき、うなだれる。
「はあああ……ちくしょう……何が任務だあ!! くそおおぉー!!」
「燃やす んだ 全て」
叫び、うなだれる刈谷に言葉を投げる加藤。痙攣しているような、何も掴めない気持ちを表現するように、手のひらを指で何度も力なく握り、ほどき、止まり、あごを床に付けながら桜の傷ましさの光景を心に焼き付けるように眺める。
眺めることも苦しくなったのか、加藤を見て、加藤の言葉の意味を吟味したのか、解釈したのか、刈谷は体をゆっくり起こし、話し出す。
「桜が……やろうとしたことを……終わらす……記憶が無くなるんだろ? 都合がいい……あぁ燃やそう! 春日もろとも!!」
「館の倉庫に 行くがいい 発火性の燃料 が 蓄えて ある」
刈谷は加藤の指差した倉庫に向かう。そして加藤は、ゆっくりかがみ、震える両手で桜の傷口を撫でるように触れる。
「わしらの 能力 絶滅させたかった」