シンクロニシティ
【ZOMBIE】 思い出に触れる残酷な言魂
拳銃は少しでも固定する手首や肘や姿勢が悪いだけで、狙っていた的は振れて定まらなくなるもの。実戦の慣れがない桜にとって頭をよぎった事は、不特定多数のZOMBIEを相手に出来る銃弾が備えてあるかどうかだった。
シミュレーションの時は当たり前に腰に備えている弾倉。しかし実際に使用する経験もなく、身体的重さの負荷も掛かるため、持つ理由はなかった。それでも不安があった桜は、シミュレーションの際に普段備えている腰の弾倉の予備を手探りで確認してしまった。
それは殺意ある者から見れば隙である。その瞬間、刈谷の姿をしたZOMBIE達は、お互いが合図した訳でもなく、明らかな油断と判断したかのように、一斉に三階への階段を駆け上がってきた。
――ない!! 駄目! 来る!! 有利な点は自分が高い位置にいること……この階段の幅は危険!!
ZOMBIEが駆け上がると同時に、桜は後ろへ大きく踏み込み、狙いを定め、天井にぶら下がるシャンデリアの鎖を狙い撃つ。二人同時に駆け上がりそうなところを、ほぼ一列となり避けるZOMBIE。階段の手すりに弾けながら、雑音と高い音を混じり合わせて装飾が飛び散る残骸と果てたシャンデリア。
階段の道が狭まり一人ずつ昇ってくるZOMBIE。
「来なさい! 正面狙い撃ちよ!!」
狭い階段。それでも都合の悪さを感じさせなく昇ってくるZOMBIEの笑みを正面に銃撃する。
「ぉあ! あ!」
簡単な呻きを零しながら膝をつき倒れるZOMBIEの後ろから、別のZOMBIEが、仲間を踏み台にして飛び上がってくる。
「ああああああああー!!」
撃ちつづける桜。別のZOMBIE達の一人は、階段の踊り場から壁を足場に蹴りはね、三階の手すりに飛び付く。その様子に目を泳がされた桜の隙は、正面との二手に挟まれ、追い詰められる。
――正面から先に!! 「がはあ!!」
足が浮くほどの衝撃は、唯一の撃退方法である拳銃を手放しそうになる。刈谷同様、靴に鉄を仕込んだ複製ZOMBIEは、桜の腹を感情なく蹴り飛ばす。
「ああ!!」
その緩くなった拳銃に標準を合わせられ、手すりから駆け上ったZOMBIEに拳銃を蹴られた桜は、刈谷の壁に見下される。これ以上増員して追い込む必要を感じないZOMBIEは、その様子を踊り場と階段から桜の呻く響きに口を釣り上げ、傍観していた。
――ぅ……ぅ……そんな……身体能力まで恭介と同じなんて……「やめて! 恭介! 殴らないで! キャアー!!」
二体のZOMBIEに両腕と髪を捕まれ、三階の手すりに顔を押し付けられる桜。鼻血を流しながら、二階に見えるZOMBIEの数に、戦闘可能な10体の複製が居る事を桜は認識する。どうしてこれだけの人数を相手に桜一人で立ち向かえるものかと。刈谷を救いたい一心は、刈谷の姿に見下ろされ、見上げられ、鑑賞となっている自分の醜態を、それでも桜は後悔をしていなかった。それは桜の目。見上げて見る者によれば油断なく、下唇を血が滲みそうなほど噛み締める生命力は、ZOMBIEに階段を一段上り始めようかと動かすほどである。
見下げて頭部と背中を眺めて掴むZOMBIEには、その生命力は感じなく、最後に馴れ初めの思い出を軽口に口走る。
「桜ぁ……覚えてるょ……初めて逢った時からぁ……昨日までの事……俺達は理想の夫婦だなぁ」
「初めて遭ったときからぁ?、いい女だと思っていたんだぁ。子猫みたいな泣きべその顔がまた、堪らなく良かったぁ」
刈谷ZOMBIEは同じ声、同じ記憶で感情なく語る。その言葉に見開いた桜の力強い充血した目は、今初めて、刈谷と別の物体だと区別できた。
「同じ声で……同じ顔で!! 私達の事を語るな!!!!」
「ぐっ!」
「がぁ!!」
抜ける髪を躊躇せず、左足で一体の膝を蹴り、もう一体の顔を左肘で殴る。
「拳銃!!」
階段側に転がった拳銃へ飛び付く桜。指先に触れる拳銃。視野は拳銃以外になかった桜の目の前には、突然黒光りする閃光が目と頭の中で光った。
桜の生命力を察知していた三体目のZOMBIEに、顔を正面から蹴られ、拳銃を掴むに至らない。
「くぅあぁ!!」
桜の頭で響いた音は鼻からか、口からか、食いしばる歯に違和感を感じながら転がる桜を横目に、ZOMBIEは開いているドアに視線を動かし、刈谷である春日の姿に気づく。
「あれぇ……こいつ……春日ぁ? この館の人間わぁ……桜以外居たらぁ……全員殺すんだよなぁ」
春日の姿をした刈谷の服を上からつかむ。
「ぃや、止めて!! 手を出さないで! 私だけにして!!」
春日の首を両手で掴み、ひねろうとするZOMBIE。その刹那、二階から、有り得ないうめき声が聞こえる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」
その声にZOMBIE達は三階の手すりより二階を眺める。その不可解な煙は、かがんだ桜からもはっきり見える。そして聴いた事のある声。
「わし の館で 好きには させん!!」
桜はZOMBIEの隙を見て拳銃に飛び付き、目を泳がされた三体のZOMBIEに発砲する。
「がぁ!」
「ぐぅ!!」
「桜ぁ……」
静かに倒れるZOMBIE。そして桜も手すりから声の元を眺める。
「まさか!?」
そこには炎に包まれるZOMBIE。壁に体を叩きつけながらもがく。そのすぐ後ろでは、引火性の液体が入った圧力ホースとジッポを握った、加藤達哉の姿が在った。
「加藤!? 二人?」
桜は踊り場にある無惨な加藤の顔と見比べる。それと同時に桜に向かって見上げる加藤。
「お お嬢 さん 今だ!!」
震える声をふり絞る加藤の言葉に、桜は拳銃を構え、狙いをZOMBIEに向ける。
「目的はぁ……果たす……桜をやるんだ」
残りのZOMBIEは桜に向かって一心不乱に走り出す。そして加藤は背を向けたZOMBIEに圧力ホースよりガソリンを浴びせながら、ジッポの火をかすらせる。まるで龍のようにZOMBIEの頭部を飲み込み、まとわりつき、離れない炎は呼吸と視界と判断力を奪った。
「あ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛ぁ!!」
半分となったとはいえ、戦闘可能な五体の目的を持ったZOMBIEが桜を襲う。
「ああああああああ!!!!」
獣の咆哮のように覇気と一緒に狙いも定かでなく撃ちつづける桜。声と形相に、耳と目の意識を奪われ、狙いがあいまいながらも倒れていくZOMBIE。
一体目、二体目、そして残り三体というところで乱射した引き金の手応えが無くなる。
――く!! 「あああああー!!」
熱の篭る拳銃の先端を強く握り、こん棒のような使い方でZOMBIEに振りかぶるが、原始的な威勢に平静を保つZOMBIEは、踏み込む足を止め、階段を昇りきった三体が並んだと同時に、桜に飛び掛かる。
――くそ!! 「恭介ーー!!」