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シンクロニシティ

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 駆け上がる足音。玄関からと感じられる距離感。それは目的を持って力強く、殺気ともとれるその意志に、桜の緊張は増す。その正体は、隠れては見つめられない。階段を下りる理由もない。ただ、そこに二人で立ち並びその正体を見なければならない。役職者に与えられている拳銃。シミュレーション以外で使用したことのない代物。シミュレーションで経験したことのない立ち位置。拳銃を収納するホルスターから抜いていいものか鈴村に尋ねたくなる刹那、鈴村からの指示が先だった。



「見えた瞬間……撃て」



「え、はい! は!!!?」



 すでに二階まで気配は上がってきていた。桜が目視したものは、二階から三階の階段途中の踊り場に投げ込まれた物体。わざわざ自分が階段を昇る前に投げ込むもの。それは意思だった。強い意思。予告ともとれる血の引く無慈悲。それは直視をするだけで意識を別世界に誘うほどのストレスを与える、加藤の肩より上の部位だった。

 躊躇の必要がない緊張感のはずだった。しかし、踊り場に現れた、斧を片手に持つ暴挙の人物に、桜は躊躇する。



「どうして!?」



「撃て!! Rだ!!」



「見ぃつけたぁ」



 桜と鈴村の言葉に続いて静かに流れてきた言葉。特に桜にとっては聞きなれた声だった。遊び心の余韻が残りそうな間の抜けたような声は、この場において、鳥肌が立つ思い。

 一瞬、桜は三階の部屋に倒れている春日の姿に横目を触れさせ、すぐに現実とは思いたくはない狂気の存在に目を止まらせる。その目の前に現れた人物は『刈谷』。血しぶきのついたその表情は冷たく、感情の篭らない言葉を発したと同時に階段の遊び場より三階に向かって近付いていた。覚悟を決めていた桜は、夫としての刈谷との違いはわかりつつも、引き金を引く事が出来ない。



「あれが刈谷に見えるか? 見た目に惑わされるな!」



「きょ……恭……介」



 桜から名前が零れるその瞬間、鈴村は姿が刈谷に見える『怪人』の遊び場に向かって階段を蹴り飛ぶ。



「鈴村ぁ」



 怪人は鈴村が階段を飛び降りると同時に斧を振りかぶり鈴村に飛び付くが、それを鈴村はわかっていたかのように、斧が振り下ろされる軌道より外側に体をねじらせ、振り下ろされる前に顔と腕を掴み、勢いに任せ掴んだ顔を、踊り場の壁に叩きつける。斧を足で弾き飛ばし、体幹部が桜にはっきりと見えるように押さえつける。



「むぐぅ……ぅがあ!!」



「撃て!! 水谷!!」



「ぅう……う」



「無理か……」



「はあぁ……恭……介」



 拳銃が震える。構える腕には力が感じられない。無理やりあごを斜めに引いた今にも泣き出しそうな口の歪み。鈴村が抑えているとはいえ、既に右手から離れた斧を本来用いて、明らかな殺意を持って挑んでこようとしている怪人。その怪人への視野を外している桜。鈴村にとっても長い時間、この怪人を押さえつけておくことはできない。迷う桜に説得する余裕もなく、油断を作りたくない鈴村は、息をゆっくりと、刈谷の姿をした怪人に気づかれないほど静かに、深く吸い込み、吐き出す同時に両手を怪人の頭部に持ち替えて同じ方向に捻った。



「ふぅっ!」



「が……あ」



 怪人の首を一息で折る鈴村。怪人は目を見開きながらも、抵抗する様子はもう見られない。音は階段の最上階でうつむく桜の耳にも届いた。その首を折られた刈谷の顔を見ると、両手の力は完全に抜け、崩れるように膝をつくた。



「水谷……お前には無理だ。お前がこれから殺す相手は、普通の人格をもった春日と自分だ。シンギュラリティ世界のシミュレーションで学んだ訓練とは訳が違う……帰るんだ」



 桜は完全に腰を落とし、顔を下げ、シミュレーションで何度も条件反射のように行動し、Rを消去する攻略を想像した展開を実行出来ない自分の不甲斐なさにうなだれる。



「か、管轄……私は……無理……で」



「水谷!! 気配を感じるか……」



 桜が弱音を口に出しきろうとする瞬間、それはゆっくり階段を上がる足音、軋み。ゆっくりであるが、その数の多さを簡単に想像出来る気配。どのような団体で押し寄せてきているのか、そしてその目的は、ここに誰がいるから起こり得たことなのか。モンストラス世界である加藤達哉の館の三階であるこの狭い空間では、まだ確かめるすべが何も見当たらない。そして予想外なこの事態は、今まで桜と話していた計画を進めること自体が難しいものだった。



「水谷……お前をシンギュラリティ世界に戻す」



 戦意喪失した桜の様子とこの状況では当たり前に思うことであり、自分たちの身の安全を確保することが優先だと判断した鈴村は胸のポケットより葉巻を一本取り出し、ゆっくり力を込めて二つに割る。その剥き出しに散らばりそうになる黒に近い茶色の葉の中から、明らかに異質な小さな物体。小さな透明な物体は砂時計の形をしており、中には虹色に光る粒子が重力の方向に積もっていた。そのカプセルを桜に渡す。



「これは」



「シンギュラリティ世界への片道切符だ。今もどれる可能な方法はこれだけだ。そのカプセルを割り、中の粒子を体に振るんだ。その粒子の一粒一粒、ANYと連結している。空気に触れるとほんの数秒でその物体を認識し、シンギュラリティ世界へ送る」



「管轄は……どうやって戻るんですか!?」



 そう言われると鈴村は右手で左腕の手首に近い部分に、親指で何かを確認するように触れながら言う。



「俺は体に埋め込んである。戻るのは簡単だ。ここは俺が抑える」



 桜にとって何度この世界に足を踏み入れた経験があるのだろうかと経験を感じる用意周到な鈴村。そして今、一歩ずつゆっくりと階数を上げ、軋む音が大きく感じる距離感に臆しない強さを感じながらも、階段の遊び場で息をなくした刈谷の姿をした怪人と、今迫り来る者たちがどういう者なのかを納得したかった。



「あれは、一体」



「あれは、『ZOMBIE』だ」



「ゾンビ!?」



「アンドロイドのような類じゃない。哲学的……つまり『感じる』という主観的な感覚を消失させた物体。目的を最優先に行動する。喜怒哀楽を表現はするが、心で感じないZOMBIEを、刈谷の姿で複製させたRだ。この世では共感覚として見えるようだが、景色のノイズが酷い。これでファクターが居るのがハッキリした」



 景色のノイズ。それは共感覚として目に触れた空気の乱れ。意識をしていない桜には見えないものなのか、それとも鈴村だけに見えるのか。その点は桜も触れず、今鈴村が迫り来るRに対して慌てずに説明をしてくれた「ZOMBIE」という初めて知る存在に、本当の刈谷ではないという安堵感と納得により目を瞑りながら右手を胸に当てて小さく息を吐く。そしてすぐに瞑った目を強く見開き、何かを決意したかのように鈴村へ言葉を返す。



「わかりました。ただ、この春日に変わった刈谷の分もカプセルを頂けませんか? 状況が変わりました」


作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ