シンクロニシティ
この世界でわかっている宇宙の誕生。宇宙は元々『無』であった。無とは何もない無ではなく、膨大な、無と呼びたくなるほど小さすぎる、小さすぎるエネルギーが揺らいでいた。そのエネルギーが時間という概念もない別の次元で、そして時間という解釈があるのなら、それは計る単位も見当たらないほどの空間の中で、時折揺らいだエネルギーが触れ合い、結合して『有』となり、用を成さなければ、分解されて『無』となった。
一瞬、条件が満たされた。限りなく有りえないと考えられるほど、可能性の低い結合。その条件の瞬間にプランク(宇宙誕生の瞬間)からビッグバン。今の宇宙ができたとされている。その宇宙は膨張し続け、いずれ収縮し、宇宙はなくなり、またプランクが起こり、繰り返す。その一時期に生物が生きられる星が存在する。
宇宙を創るという考え方もあった。今の宇宙を『親宇宙』とするならば、人工的な『子宇宙』として。しかし、それでは『惑星を管理』できなかった。
そして、『宇宙を創ること』に比べれば、『惑星を創ること』の方が簡単だった。
光速加速器を用い、円形の筒の中で、必要な粒子を人工的にぶつけさせ、『ビッグバンを創ること』より、重力のある世界で人工的に遠心力を利用した『無重力空間を創ること』の方が簡単だった。
その考え方から創られたもの。それは『ブラックホール』だった。
ブラックホール。それは光ですら吸い込む存在。太陽より膨大な大きすぎるエネルギーを持つ存在が寿命を迎える時、ブラックホールはつくられる。星をつくる材料を集める自然現象。一番の問題だったのが、重力をつくることだった。重力の解明、それは出来なかった。なぜなら、重力には質量のない自然現象だったから。
ブラックホールの引力を利用して、『人工的に重力という自然現象を創った』。不安定な引力を利用した惑星。生物が住めない惑星。その引力の安定を眺めるためのデータが必要だった。
データであるRを用いることによって、モンストラス世界は一般的に仮想的な地球とされていたが、実際には『存在する惑星』である。それは鈴村が青年期に創造した世界であり、本物の惑星である。
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データであるRの記憶は全てANYによって操作されていた。惑星の年齢が一年進んでも、Rの記憶や出来事を1000年進める事もできた。
惑星は大気を形成する必要な成分を常に与えられ、人類が過ごせる地球が出来上がった。それは環境破壊がされていない星、満たされた空気。その世界で、モンスターが生まれた。
「解約の連絡が本部に届き、俺が直接理由を尋ねた。そして加藤は言った。『モンストラス世界の能力を保有したままでいる』と」
「能力を保有……ですか」
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鈴村はモンスターの原因を調べたかった。本当に突然変異なのか、造り上げた惑星に問題があるのか。何かの細菌から感染したのか。そのヒントがモンストラス世界からシンギュラリティ世界に現れた。しかし、その男、加藤達哉は口を閉ざしていた。何も知らないと、自分はひっそりと暮らしていたと。
モンスターが現れてから、造り上げた地球をモンストラス世界と呼び、それまで世界を早送りするように眺めていた速度を、今まで数万倍の速度で見てきた世界を10倍程度で様子をみるようになった。つまり、モンストラス世界の100年は、シンギュラリティ世界では10年だった。
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「加藤は証拠を見せると言った。昨日下村に連絡し、春日を8時半までに来させるように、今日の解約手続き前に話を聞きにきた」
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加藤からの証拠の提示、それはどのようなものかわからなかった。物体なのか、その能力を保有した姿なのか。当たり前に警戒した鈴村。どのような姿でいようと、最低限自分の身を護る武器。それが小型注射器に入れた筋弛緩剤だった。筋肉の動きを弱める薬。野生の猛獣などに使われる麻酔薬。小型の麻酔銃を胸に忍ばせた。
鈴村は8時すぎに到着していた。それは春日と待ち合うための時間。だが、その前にひとつ問題があった。ANYにより選ばれた春日雄二。元々加藤の専任補佐をしていた職員でもあり、解約時間より早めに訪れる予定であったが、朝になっても連絡がとれなくなった。担当をしていたチーフの田村と共に。
通常業務として加藤のそばで警護しているという考えが妥当でもあったので、鈴村は加藤の館の敷地より少し離れた車道で社用車を停め、葉巻をくわえながら館に近づいた。するとすでに職員の車が敷地内に駐車してあった。通常の解約手続きであれば、早くても9時から10時の慣行があったため、早すぎる到着に、おそらく春日が先に到着しているものだと判断しやすかった。
刈谷は使用しなかった玄関に付いたノッカー。鈴村は簡単に二回叩き、すぐに扉を開けた。中央の階段まで近づき、すぐに異変には気付いた。右側のドアが開いた部屋で倒れている者。そして上階に何かが駆け上がる気配。その足音は階段に靴が接触するような高い音ではなく、柔らかい足音。それは裸足であると感じさせる。異様な人間味のない気配。すでに鈴村の存在はわかっているはず。それならばと、鈴村は特に気配を消さず存在感をあらわにして階段を上り始めた。麻酔銃を握りしめ。
応援は呼ばなかった。これは鈴村にとっても極秘な任務であった。それは惑星を創った鈴村の新しい試み。『このシンギュラリティ世界より、モンストラス世界へリンクする物体転送だった』。これは17歳の頃、鈴村が描いていた夢であり、容易にこの世界で広まってはならないこと。加藤がシンギュラリティ世界に現れた現象は、逆も可能だと考えられた。職員でもそのような噂は広まっていたが、実際に存在を理解しているのは所長や一部のチーフレベルまでだった。
単身で鈴村は予想のつかない相手との接触はリスクの高いものであった。上階に駆け上がる足音、それは誰なのか。加藤の基礎年齢や、クローンとしての肉体年齢を考えても、普通では考えにくい俊敏な気配。どのような現れ方をするかもわからない相手。しかし、鈴村には『その者』が加藤であるという確信があった。
この10年、現在32歳の鈴村が眺めていたモンストラス世界。その世界はANY以外、鈴村と惑星全体のプログラムを管理している『エンジニア』によって見守られていた。その世界の100年の前半は、もしもシンギュラリティ世界で起こっていたのであれば、一言でいえば、地獄絵図。シンギュラリティ世界に存在しない概念の様相。それはまさにファンタジーな世界だった。
空想の世界を作り出してしまったものかと感じた鈴村。モンストラス世界が『ただの創られた世界』であれば、消してしまえばいいだけの話に思えた。しかし、鈴村にとって、モンストラス世界は『存在する惑星』。その世界の住民である加藤がこの世界へ踏み入れてしまった責任。地獄絵図をシンギュラリティ世界で再現する可能性。鈴村には、惑星を創った責任があり、感じていた。そして、今日という日が来ることを、エンジニアと極秘に研究を行いながら待っていた。