シンクロニシティ
迷う間に襲われそうな予感。自信の無くなる生還。あの死体も同じ気分を味わったのかと。いや、拳銃を抜く暇もなく襲われたのだと。この一瞬の迷いに沢山の処理できない情報が頭を駆け巡る。しかし時間は変わるものではない。誰にでも平等であり、早くも遅くも感じることがあっても、変わらないものである。
――何故銃口を読まれる!?
「加藤の左側を撃て!!」
突然聴こえる男の声。刈谷は確認する前に発砲する。刈谷の耳に入ったのは自分の放った銃撃音の他に火薬を使われていない発射音が聞こえた。
「があぁぁああ!! がああ!!」
左側に発砲した銃弾に反応した加藤。右側に避けたが、挟まれるように同時に右側に発砲された薬弾は加藤の左腕に当たる。しかし加藤の動きは止まらず、低くかがみながら、刈谷に声を上げた男に向かって走り出す。左腕を刈谷に向けて走り出す加藤の腕には細い注射器に羽がついたような代物。一見して麻酔弾にも感じるものであったが、効き目がないのか、注射器の銃弾を抜き取る事も考えない。その思考を感じない動物的行動に刈谷は再び拳銃を構え、加藤の背中に銃口を合わせる。
「撃つな!! 薬の効果を待て!!」
葉巻をくわえた男。その男に襲いかかる加藤。男は加藤の掴もうとする力強い指を目をつむらず冷静に見定め、ボクシングの防御方法なのか、上体を後ろに逃がし加藤の攻撃は当らない。
くわえた葉巻が加藤の指に引っかかり、火の粉を一瞬散らしながら階段の一段目の角に落ちる。
なるべく距離を空ける男。飛び掛かろうとされたりしても、組み付かれない角度に体を常に置き、次第に加藤の動きが悪くなることに薬の効果を感じる。そして加藤が膝をついた。
「ぐぅ……があぁ」
薬の効果が表れたのか、加藤は腕を上げることもできなくなり、その場に倒れこむ。その男は脈を確認し、加藤の表情を確認する。その表情は先ほどまでの形相と違い、意識は感じられるが声が出せない様子。一旦その場であお向けに寝かせ、次の行動を何か始めるのか、辺りを見回す。
その男は黒いオールバックな頭髪で刈谷より20センチは高そうな長身、スーツは黒めに赤く滲んだ光沢ある高級感。職員に見えないが、目的を感じるその手慣れた姿。胸から葉巻を取り出し火を着け、一息し始める。そして刈谷は素朴に尋ねる。
「あ、あなたは……誰ですか?」
刈谷に振り返る男。特に威圧的でもなく、気まずさも感じない。むしろ堂々とした雰囲気で刈谷を真っ直ぐ目を合わせながら口から葉巻を離し、煙を向けない方向に吐き出し、名乗り始める。
「管轄をしている鈴村和明だ」
「管轄!? お疲れ様です!! 支所専任の刈谷恭介です!!」
刈谷は体を真っ直ぐ背筋を伸ばし頭を下げる。
組織をまとめる鈴村と対面することは職員にとって通常ほとんどなかった。メディアに出る事すらなかった鈴村との突然の対面に、加藤の重要性を感じさせる。この世界で唯一ANYを動かせる人間。その重要度はここに一人で危険を冒してまで何かをすることの違和感も刈谷にとって払拭できないほどであった。
「加藤は筋弛緩剤でしばらく動けない。少し、俺も来るのが遅れた。部下を失ってしまった」
「管轄、加藤はいったい……それと! あの死体は」
「来る予定だった者の名前は補佐の春日雄二。加藤の担当補佐だったはずだ。刈谷恭介だったか? 聞き覚えがあるな」
「あ、おそらく、最近ANYの判断した詳細不明の人選に、自分が候補に入っていましたが、断りましたので」
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刈谷にあった最近の出来事。本部からの通知があった。本部で何かの計画を起こすとき、その人選をANYに尋ねることが通例であった。職員の環境や性格、役職、総合的な面を計算してその計画にあう人物を何人かリストにし、上位から職員に通知をしていた。
積極性を重視していたので、断ることもできた。しかし、ほとんどの場合、断る者はいなかった。それは本部への昇進を約束されたようなものであり、その通知を心待ちにする者も少なくなかった。しかし刈谷は何番目の候補かは不明であったがそれを断っていた。桜との今の生活に満足していた刈谷は今以上に上を目指す理由がなかった。その後、候補だった春日に決定したと下村から聞いていた。
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「珍しい奴だな。今が満足か」
「そう……ですね。あの、加藤は何者ですか」
「モンストラス世界の由来は知ってるか?」
「えっと、突然変異とか……聞いたことありますが」
鈴村が話すモンストラス世界は一般的に公表されている内容。
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加藤の故郷でもある世界。それは突然変異のモンスターが現れたことからと言われていた。モンストラス世界が創られたのは、つい『15年前』。おおやけに言われている創られた理由は、『仮想的な世界で人間の進化を計る』という理由であった。全てがANYによって創られたものであり、全てがデータの産物。その中で自分たちシンギュラリティ世界で生きる人類の亜流を置くことによって、どのような未来が見えてくるかというシミュレーションをしているという内容。
レプリカやコピーである亜流ありゅうという言葉は造語となり、Rアールと呼ばれるようになった。そして、『仮想的な地球』を通常の数万倍の速さで進化させた中で、オゾン層が出来上がり、人が生きられる環境に造り上げたところで時間を緩め、最初は一般人から選出したRを出現させ、その後職員のRを造り上げた。進化の過程を見ていたが、原因不明の能力が発現され、その能力によって戦争が起きたとされていた。
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「加藤の生きていた時代、人間では通常考えられない能力を身につけ感染させ、『monstrous時代』と名がつくキッカケの戦争が起きた。彼らの能力は『フェム』と呼ばれていたらしい。それが加藤にも備わっていた訳だ」
「そ、それが人喰いになるんですか?」
「深くはその能力を手にした者にしかわからんが、その進化した状態で人間界に現れてしまった結果だ。そんな異質な力をシンギュラリティ世界に持ち込む訳にはいかない」
「進化……ですか? どうして今頃になってそんな能力があるとわかったんでしょうか」
「加藤自ら、本部に連絡してきた」
通常であれば顧客と鈴村との直接の連絡はできない事が通例であった。しかし鈴村にとって最重要人物であった加藤。
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加藤がこの世に現れた事は、その時22歳の鈴村にとって興奮の冷めやらない可能性を感じた。『仮想的な地球』は鈴村がまだ17歳だった時に創造した。先代である父親が急病により亡くなり、当時16歳の鈴村に管轄を任せるには若すぎると言われていた。しかしこの世界を一番に考えた思想と想像力と統率力は、先代以上に『未来』を感じられた。鈴村がANYに初めて尋ねた質問は『地球をつくりたい』。