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シンクロニシティ

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【アントロポファジー】 社会的行為でないカニバリズムは苦悩のノスタルジア



 9:16



「おいおい……桜、これ無理だよ」



「ごめん……微妙に着陸が難しいわね。画像にはあの鉄柵が見えなかったわ」



 加藤の館にヘリコプターで到着する二人。館の後方から写された衛星画像では着陸できると感じられた正面玄関。着陸するにはヘリコプターの最低限なスペースで縦横20m。建物や森林を考えると縦横40mは欲しい空間であった。しかし実際到着してみると、予想外に設置されていた玄関の鉄柵。館を囲む森林によって建物の左右後方が確認できていなかった。そして車も一台駐車してあったため、着陸は出来なくもないが、余裕が少なくも感じる広さに無理をする着陸は出来なかった。



「悪い、俺先に降りて話まとめてくるから、ヘリコプターをどこかに着陸お願いしていい?」



「わかったわ。気をつけて降りてね」



「一人で大丈夫?」



「うん……少しだから」



 桜の目を見て何かを心配する刈谷。操縦を桜に代わり、ヘリコプターから安全具を付けたロープで降下する。ロープが自動にヘリコプターへ戻るのを確認すると、桜は移動を開始する。



――古い建物の型だなぁ……よく復元したものだ 。



 建物はシンギュラリティ世界では珍しい木造の建築。ただし、これはモンストラス世界のデータをこの世界で見た目だけ復元した特殊プラスティック。広さも感じられる建物に、それまでモンストラス世界で生きた加藤達哉の歴史を想像する。



「LIFE YOUR SAFE です!! ご在宅でしょうか!?」



 相手の年齢を考えて、声を張り上げながらドアをノックする。ふと振り返ると、玄関前に駐車してある車には『LYS』とロゴが塗装されていた。先に来ている職員がいる。それはつまり加藤の担当が先に来ていたのではないかと刈谷は考えた。担当は田村であったが、チーフである田村が顧客の解約に直接訪問することは少なく、大抵専任か補佐が事務処理をしていたので、刈谷にとってはやはり下村の思いつきで動かされたと思い、頭をもやもやさせられる気分となった。

 すでにいるのであれば入館することに躊躇はいらないと思いドアノブに触れる。



「失礼します!!」



 玄関のドアをゆっくり開ける刈谷。気配を感じずにいられないその空間に立ち込める甘い匂い。真ん中にある広めの階段を中心にいくつか部屋のドアが見える。玄関のドアを開けたまま、刈谷は一階を見渡すと、右側の部屋に一つだけドアが開いているのに気づく。誰かいればと思いながら近付き声を掛ける。



「すいませーん!! 加藤さーん! え……誰? は!?」 



 北向きの窓が半分開いているが朝陽は届かず、電気もついていない薄暗い空間で目に入った異質な物体。右半身が下に倒れているそれは死体であることを意識するより『何故』という言葉が浮かぶ。一見して顔の判別が出来ないほど荒らされた頭部。腰に収められた拳銃を抜き取る余裕もなく襲われたと感じられる。



――ここで……喰われたのか?



---*---

 ANYが存在し始めてから、公的機関は民間の仕事へと移り変わってきた。民間企業となることで行動の早さと処理能力が増した。LIFE YOUR SAFEは人口増加の抑制力としても役職者以上から拳銃の携帯が許され、それだけ責任も増し、公的機関と責任の重い契約も交わし、半官半民な立場で務めている。

---*---



 自然と拳銃を構え始める刈谷。その無作法な残骸は、野生の存在を警戒するのに十分であった。



――どこだ……そしてこの残骸の服は……俺達の制服。誰だ……先に来た奴は。



 深く調べたい。しかし今振り返るだけでも油断が出来ない状況を感じ、五感を集中させた。視覚には被害者と倉庫に使われていたような部屋。臭覚に感じる甘い匂いは嗜好的な匂いで煙草を連想させる。煙草か葉巻を吸った者の犯行なのか。それともこの職員が顧客宅で口にしたのか。口の中は緊張で乾いていた。聴覚には窓の外から聞こえる自然の音。風で森林は鳴いている。



――いつから開いていたドアだ?



 触れようとした部屋のドアノブを見るとホコリが多めに付着している。滅多に開けられないドアとも考えられる。指紋など採取する可能性や臭いで再び死体を荒らされないためにもドアを体で閉める刈谷。



――まずは応援を呼ぶか。



 ドアを閉めて振り向く刈谷。

 人は何か得体の知れないものを見ると動けなくなる。まさに刈谷は硬直した。それは見たものから想像させる情報量のせいなのか。動くことが自分の危険に繋がる気がするのか。理解するまでの判断は対象によって様々なのかもしれない。声がでない者もいるだろうが、刈谷はかろうじて口が動いた。



「加藤……さん?」



 一瞬硬直した刈谷はすぐに拳銃を向け威嚇する。人か獣か、人格が判断出来るまで。

 名前を呼んでいてその判断に悩むのは刈谷自身不思議な気持ちだった。玄関から入った時には感じなかった気配。開けたままの玄関から入ってきたのか、死体を発見して振り向くまでの数秒で気配なく近づく気分は全身の毛が逆立つ気分であった。

 何を掴むために構えた力強い両手の指なのか。口のまわりに散らかった朱い痕跡は、まだ塗り足りないのか。刈谷自身、会話を求められる可能性は少なく感じた。



「がぁぁあぁ……はぁぁあぁ」



「動くな! そのまま……動かないでくれ!! あんた、言葉……わかるか?」



 そこには高齢過ぎる歳であることを忘れてしまいそうなたたずまい。聞いていた年齢は128歳であったが、見た目は70歳くらいに見える。これがクローンの肉体でこの世に生まれ変わった影響なのかと想像させる。動きやすい藍染作務衣あいぞめさむえを着用して身構える加藤達哉の姿。体中の血は深い藍染色をさらに濃くした上半身に更に容赦のない行動を想像させる。言葉にならないうめき声は、何かを求め、何かに飢えた様子。



「何があったんだょ……あれはあんたの仕業か?



「ぐぅ……があぁ……ぐがあぁぁぁぁ!!!!」



「おい!!」



 襲ってくる加藤に対し反射神経で避ける刈谷。転回しながらもすぐに立ち直るため、受け身を床につき起き上がる。すぐに振り向き、加藤の様子を見ると、刈谷のいた場所で立ち止まる加藤はまだ刈谷に背を向けた状態で、閉めたドアの前に向かい合っている。少しずつ、少しずつ、胴体を動かさず、刈谷の逃げた方向に首を動かし、首の軌道を助けるように体もねじり、視界に刈谷が入った瞬間、再び殺気だつ雄叫びを上げながら今にも襲い掛かりそうな様子をあらわにする。



「止まれ!! 撃つぞ!!」



「があぁぁぁぁああ!!」



――じょ! 冗談じゃねぇ!「悪く思うな!!」



 狙いを定める刈谷。しかし、その軌道から逃げるように加藤の体が揺れ始める。肩を狙えば加藤の上体は低くなり、銃口が向く前に一番狙いづらい角度に体が逃げていく。足を狙っても同じだった。理解が出来ない動き。理性を感じない相手に獣以上の無意識な反射神経を感じる反応。


作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ