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シンクロニシティ

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 桜が入社したての研修時、市外にある住宅地の工場の事務所に閉じ込められる現象が起きた。

 当時職員の桜は、チーフであった下村に連れられて解約する顧客対応の研修の為、二人で顧客の職場を訪問していた。

 普段頻繁に支所からチーフの下村に連絡があるのだが、その日、下村は携帯電話を社用車に忘れていた。そのため支所から桜の携帯電話に連絡があり、携帯電話を借りた下村は一旦社用車に向かい工場から離れた。

 中断した契約解除の最中、雑談で会話をつないでいた桜。突然きしみ始める工場。のちの話では建物が太陽光により溶けだした原因とされたが、旧式の特殊プラスティックの老朽が原因だったと見られた予想外の事態だった。瞬く間に窓を塞がれ、室内のドアは変形し、開閉不能。時間があれば問題のない事態と思ったが、屋根部分の重さに耐えられなく工場の事務所を押しつぶし始めた。

 100m程離れた車内で、事態に気づかず電話をしている下村。いや、下村も何かに気付いた。周辺の住宅、同じ材質の住宅が崩れ始めていた。目の前の異変に車から降り、叫ぶ声に反応して目の前の救助に回っていた。

 その住宅地一帯は、ほとんどが同じ材質の建物。住民は騒ぎ始め、桜の閉じ込められた工場を特に気に留める人々はいなかった。



 車のパーツ工場。一旦取り壊し、新しい工場に立て直すため、従業員も一旦引き払い、LIFE YOUR SAFEとの契約も解除する最中のアクシデント。桜は携帯を下村に渡しており、工場長も携帯電話は事務所の外にある洋服掛けに入れたままであった。

 重量のある屋根が沈み、押しつぶされる危険性。閉じ込められた二人は狭くなる事務所の空間の恐怖と戦っていた。桜と工場長はお互いの姿が見えないほどの緊迫。

 傾いた事務机から何かが転がってきた。桜が目にしたもの、それはハンドマイクだった。工場長に尋ねると、工場内の受信機に声を送り指示を出すワイヤレス携帯型送信機マイク。受信を聞く従業員はいない。桜は独り言のようにマイクに向かって叫び続けた。『閉じ込められた!! 助けて!!』と。工場の細かい特徴も話しながら、繰り返し、繰り返し、送信するだけで、反応を聞けない虚無感。

 無駄だと弱音を吐く工場長。圧迫されていく空間。声を出す気力も無くなった桜。

 その時、ドアを何度も蹴る音。何度も、何度も、ドアの向こうで呼びかける声。助けを求める桜。簡単に突き破れない特殊プラスティック。諦めそうだった。けれど、その声は桜を励ました。『諦めるな!! 必ず助ける!!』と。

 その男は学生だった。普段、講義を受ける中、溢れるほどの生徒の数の多さに教授の声が聞こえない。マイクを握る教授の声がスピーカーから出ているが、生徒の雑談の声にかき消されていた。その声を拾うために用意していた広帯域受信機こうたいいきじゅしんきを携帯して教授の声を聴いていた。

 胸のポケットに入れ、帰宅していた時、受信機より偶然周波数に触れた桜の声がうっすら聴こえた。耳を澄まし、声の方向を探り、内容が聞き取れた瞬間、閉じ込められた工場に走った。

 地区優勝した空手の特待生としてスポーツ大学に入学していた男。力強い声と突き破るドアの音に、桜は心を救われた。そして次第にドアから光が漏れた。次第に破られるドアから見えた笑顔に桜は救われた。刈谷の笑顔に。

 桜を救った刈谷。桜は閉じ込められた工場長を同じように励まし、瓦礫を刈谷と持ち上げ救い出した。その桜の姿に、人を守るLIFE YOUR SAFEに刈谷は生きがいを感じた。刈谷は1年経った卒業後、それは偶然だった。桜と同じ支所に入社した刈谷。その偶然の出会いに、二人は自然と笑みが出た。その引力に。

---*---



 自然とお互いの意気は合った。そして突然、桜から、結婚を申し込んだ。刈谷が快諾してから間もなく2年となる。



「多分加藤達哉の館の前で着陸出来るわ」



「出来なきゃ困るねぇ」



 市外の未開拓地である加藤の自宅を衛星地図で確認した桜。加藤の自宅は三階建ての古めかしい館。プリントアウトしたその画像は館の後ろ側からの写真だが、玄関正面に広めの空間があるように感じられた。玄関前以外には、館より離れた後方に、開拓途中で中断したと思われる盆地か、芝生が目立つ丘に着陸できる広さを感じられたが、そこから歩くまで距離も大変に感じられた。



 桜と刈谷は社用のヘリコプターに乗り込む。敷地内のヘリポートより離陸するヘリコプター。入社して研修が終了した職員は様々な資格を取得させられる。その一つにヘリコプター免許の取得もあり、費用と時間が必要なその技術は専任になる頃までには全ての役職者が取得していた。

 無風な空気感であった支所の周りに激しい風の流れができる。そして高度に気をつけながら上昇し始めた。



「しかし……やっぱANYの発想と技術は凄いねぇ」



「そうね。人間はここまで大胆に踏み込めない」



 その光景は、明らかに大気を分離した空間。紫外線、赤外線を必要な量だけ透過する、厚みが目に障らない程の透明なコーティング強化ガラス。都市部を中心に世界はドームで覆われている。数えきれないガラスをつなぎ合わせた切断面は強固な強度で分離を防いでいた。その強度を利用して、ドームの内側には外から降り注いだ雷雨を指定場所に逃がす人工雷雨機能に、事故車や救急にも活用できる運搬モノレール。ドーム内は自然の天候に左右されず、太陽光によってガラスに紫外線の強さを知らせる文字が浮き出たり、時期に合わせてライトアップや四季を彩られた風景も映し出されている。

 市外は一部しかまだ及ばない建造物ではあるが、都市部の環境汚染への非難や懸念は無かった。



「空には風がないのね」



「海沿いにいれば上昇気流で感じられる訳だしぃ……ほら! あの崖とか気持ち良さそうだよ」



「あそこは廃車格納地区じゃない! ムードないんだから!」



 8:59 ドームのほぼ市外との境界線。海側は船や低空飛行が可能な飛行機の侵入できるガラスの開放地点が所々あった。海側の運搬モノレールより、フロントを下にした古い型の車体が巨大なフックにより一台から四台まで同時に次々運ばれてきていた。空から廃車を崖の付近に目掛け、車は真っ直ぐ墜ちていく。



「あれ」



「どうしたの? 恭介」



「いや……車が一瞬消えたような気が」



「よそ見しないで! もうすぐ雷雨地点よ!」



「はいはい! すいません! はは……ああいう崖は昔の映画では自殺の名所によく使われたらしいやぁ!」



「ムードキラーさん! もお喋らないで! ふぅ!」



 癖のように息をつく桜。あまりに一瞬のことで桜に尋ねたかった刈谷。けれどその時、3年前の出来事を回想しながら操縦をしている刈谷の表情を眺めていた桜は、思いつきのような言葉に耳を傾けず、気分に合わない内容にふくれっ面をする。そのむくれた顔を見た刈谷は飛行操縦中に感じた錯覚に見えた現象の事は気に留めず、話を変えて会話を続けた。



「でも……この世界がモンストラス世界とリンクしてるんだよなぁ……神はANYなんだねぇ」


作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ