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シンクロニシティ

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 時折、様々な研究の為、以前の記憶や体調の管理もあり、モンストラス世界を管理する本部にて生活の援助金が毎月支給され、市民と同じ権利と責任で生活できた。当時すでに120歳になろう加藤は都市部での暮らしを拒否、以前と同じ家での暮らしを希望し、モンストラス世界での住居をコピーした複製をモンストラス世界と同じ場所。森林生い茂るその場所でひっそりと暮らしていた。



 電子的な存在のコピー複製。それは正確な表現ではないのかもしれない。

 モンストラス世界で作られたものは、データの産物。そのものをそのままシンギュラリティ世界に複製できるわけではない。そのデータを解析し、そのデータ通りの建築物を真似て作れる建造技術があった。どのような大きさでも削り、溶かし、かたどれる特殊硬化プラスティック。見た目は木材でも、中身はプラスティック。それでも、雰囲気や質感は、ほぼ違和感なく作り上げることができた。

---*---



 桜はそんな様々な加藤に関わる背景を想像する最中、咲による無邪気な横槍に思考は止まった。



「桜! 夫婦で現場って……ドキドキするんじゃない?」



「殴るわよ?」



「イタぁ! もう殴ってるじゃない! きっと桜のRは狂暴ね!」



 咲には展開がわかる桜へのちょっかい。そのたわむれはいつからか二人にとって気の合う寸劇のようにも見え、大抵の者はその姿を見ると、心配より微笑ましい光景でもあった。そんな期待に応えた桜の耳に響いて入る特定の音。その音に気付いた桜の表情は咲から見て羨ましくも感じる笑みだった。

 支所の建築物は簡易的な特殊プラスティックではなく、機械と人手と時間を掛けて作られていた。エントランスに限り使用された天然石の床。固いものが床と接触するような足音が響く。それはどのくらいの距離にいるか瞬時にわかる事と同時に、誰の足音かもわかる独特の音でもあった。



「桜!」



「恭介~!」



 振り向いたかと思えば飛びつくように刈谷に抱き着く桜。桜の笑顔につられて笑う刈谷。

 その細身な体に桜と同じ制服を着込み、髪型は横を後ろに流したクールリーゼントが似合う。プロテクトルームで汗をかいたのだろうか、熱気は抱きついている桜にはいつもよりわかりやすいオーデコロンシャンプーの心地良い香りが漂い、湿っている髪は外から室内に入る朝の日差しによって細かく白く光っていた。片方の口角が上がった癖に感じる笑みは桜の好きな表情である。



---*---

 世間の中流家庭は主に特殊プラスティックで安価に住居が造られる事が多い。その際に緊急時、顧客が閉じ込められたドアへ蹴りをいれる踏み込みや、足元が危険な地点に踏み入れる時に鉛を仕込んだ靴は何度か役に立っていた。重量があるため刈谷だけが好んで履いている。

---*---



 抱き合う二人を見て咲はいつもの引きつりと溜息をついた。



「ちょっと~二人とも……ここ職場~!」



「聞いて恭介! 咲ったら酷いの! 私達が仮面夫婦だとか! きっと恭介は家でDVしてるとか!」



 大袈裟な話で刈谷に反応を振る桜。その話も半分だけ真に受けたように苦笑いしながら咲に話しかける刈谷。それは毎度の事のように冗談を言い合えるほどの平和な日常である。



「咲ちゃん。相変わらず酷いねぇ。妬いてるんでしょ」



「あームカつく! さっさと行って来たら~? 二人でイチャつきながら! 現場に!」



「二人でぇ?」



「所長があなたと行けって! 半年保護期間の専任として」



---*---

 人口増加に伴い、職員の数も比例して増えていた。通例であればローテーション(回転)的に顧客の管理を任されていたが、下村の判断で頻繁に仕事を与えられていた刈谷。プロテクトルームでも各種格闘技で有段者であった刈谷は人望も厚く、田村のように取り巻きを増やさない性格は面倒も少なく職務を与えやすかった。そして担当している顧客の解約時に連絡が取れない田村よりも即断しやすいものであった。

---*---



「なんでまた残り半年に所長は俺を使うかね?。退屈凌ぎかぁ?」



「愚痴らないの! 変な犯罪も起きなくて、平和なシンギュラリティ世界の監視員! 給料泥棒は駄目駄目?!」



「人が多過ぎる中で俺を選んでるからねぇ。まぁ、仕事がANYに奪われないように働かないとなぁ」



---*---

 100年程前。地球は人口増加による温暖化への対策に悩まされていた。その当時、話題にあがっていた『singularityシンギュラリティ』(特異点)。進化が止まらないコンピューター社会。どこかの段階でコンピューターが人間の想像力を追い抜くという考え方。その瞬間の事を特異点と呼んだ。

 人を一人でも救うという観点から創られたLIFE YOUR SAFEは、極秘に本部にて開発研究していた。本部のエンジニア(工学技術者)によって作り出された人工知能ANY。ANY自ら想像させたこの世界は、その当時の温暖化への悩みを設計、構築して問題を解消してしまった。

 その功績と権利が世界の中心となったLIFE YOUR SAFE。地球と呼ばれていた世界は進化したコンピューターの特異点と、作り出した成果と称賛され、人間の想像力を抜いたこの世界をシンギュラリティ世界と呼ぶほどに名前が定着されていた。ただ、その安心感は人間の住みやすい世界に拍車をかけるように人口増加が進んだ。

 ANYがなんとか解決してくれるだろうと。

---*---



「そうそう! 働かざるもの食うべからず!」



「うわ?桜! 死語通り越して古代語使いだぁ! Rはきっと『おひけぇなすって』とか言って……ギャッ!」



「殴るわよ?」



「殴ってから言わないで?!」



「お二人さんも仲いいねぇ?」



「二人揃うと桜が咲いてるみたいでしょ!」



「ハハハ!! いい語呂だねぇ」



 髪をかき上げてポージングをする桜と咲。笑顔の絶えない毎日。



---*---

 ANYに頼り、不安を解消させてきた人類、それは特定の者の判断を攻めたてない社会であり、理想であり、人間の感情一つで変更されない制度への安心感である。ただ、ANYが主導となって指示を人間に与えるような関係は、万が一の恐怖もあり、加藤がこの世界に現れた原因不明の事態への懸念もあり、人間側からANYに各種質問をする一問一答の関係でバランスを保った。その質問は、この世界を守る本部の管轄にのみ権限があった。

 笑いながら腕時計を確認する刈谷。そのしぐさは行動を開始する前触れ。

 今まで桜と上下関係の立場であったが、同じ役職になった刈谷。桜の部下であった刈谷だったが、刈谷から行動の合図をすることはよくあり、桜と刈谷に限っては特に今まで上下関係を感じさせない仕事仲間でもあった。

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「8:25……桜! 昼までに終わらそうかぁ」



「ふぅ、そうね!」



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 刈谷と桜。結婚してからちょうど2年の共に24歳。桜がLIFE YOUR SAFEに入社した3年前、刈谷との出会いがあった。
作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ