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シンクロニシティ

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【新天地】 レミングの求める世界は居場所のない残酷な現実





 8:12 LIFE YOUR SAFE 支所。 日差しの強い春。空を見上げれば雲の動きは早い。だが外にある造花の桜はとくに風になびいている気配は感じられない。草木はどことなく鮮やかすぎる光沢に、湿気も乾燥も極端に感じることのない空気感。

 支所の玄関からエントランスに入ると、壁には海をイメージした青から白、そして太陽を想像させる空模様を360度に表現した爽やかな空間。深呼吸をすると、アロマコロジー(芳香心理学)を考えさせるペパーミントな香りが漂う。

 朝の出勤時、それは恒例のような光景。周りを気にとめない高い声が笑い声と共に響き渡っていた。



「ねえ桜! 恭介さん、専任に昇格らしいわよー。やったわね!」



「そうみたいね! やっと私に追いついた! えらいえらい!」



「いぃなぁ~桜。同じ職場! 同じ役職で相思相愛~。理想的な夫婦じゃない!」



「『咲さき』の彼もすぐよ! 専任補佐の春日だった? 何か管轄直属の計画に選ばれたみたいだし、優しそうな人だったじゃない!」



 エントランスに合う、青のストライプベストに白いシャツを着た受付係の咲。長い髪を後頭部で結い、カチューシャで額に掛からなく乱れない髪型に爽やかな笑顔。

 その笑顔に負けないほどの明るさで応える桜。ストレッチスラックスに、頑丈なダブルのベストスーツを身にまといブラウンベージュな明るさでボブレイアーは女性らしさを表現しており、一見して普段から笑顔の止まない生活がすごせていると感じさせる。

 専任の桜は親友である受付係の咲と雑談を続ける。



「ん~、優しいんだけどね……真っ直ぐで……優しいだけと言うか~。なんか刺激が足りないかも~」



「ふぅ~! また贅沢な事言って! いいじゃない! 優しい人は器が広いのよ!」



「ん~。ねえ、ところでモンストラス世界! 私のR元気してるかな?。バグってそう!」



「有り得るわね。咲は普段からバグってるからね?!」



「酷ぉい!!」



 モンストラス世界。それは雑談の中、度々でてくる世間話。自分達の亜流レプリカが生きる世界は、仮想で生きる別の自分の存在を語るようなものであった。その詳細を知れる場所はLIFE YOUR SAFE本部。シンギュラリティ世界より選ばれたR。人選はANYにより市民の環境、病状、職業データを元に選び、LIFE YOUR SAFEの職員は必須とし、モンストラス世界を安定させていた。



「あ、整列して! 下村所長が来たわ」



 玄関から出勤してくる下村。支所ごとに独身用と既婚者用のテラスハウスが敷地内に完備されていた。

 その為ほとんどの者は仕事着で出勤してきていたが、潔癖な性格と人生のメリハリを区別していると噂されていた下村は、短い出勤時間でもスーツを着用し、体に合わせたそのスーツはいつ見ても隙がなく、袖から1cmにこだわったインナーシャツとネクタイをベルトに合わせた長さ、肩の余りも1cm、横から見れば無駄な膨らみも感じない仕立て。髪型も耳に掛からない七三分けを今まで乱した事も見たことないほど固めていた。

 そんな下村は既婚者用テラスハウスに引っ越して4年目。愛娘の話をされる時だけは固い顔が緩くなり、口数も多かった。



「おはようございます!」



「おはようございます!」



「おはよう……ああ、桜」



「はい!」



「昨日、お客様から解約された。半年は護衛義務がある。説明してこい」



「はい! 了解致しました! えと、お客様のお名前は」



「加藤達哉だ」



 加藤達哉。モンストラス世界で生まれ育った者。元々本体がない完全R。それはシンギュラリティ世界でも有名な話。仮想的、実験的に創られたと言われているモンストラス世界から、この世界へRが現れる事態が起きた。



---*---

 本人に自覚もなく、原因も定かではなく、推測されるのはバグ。機械の理屈でつじつまが合わない事態が起きたと考え、欠陥、不具合などのバグとされていた。

 問題だったのは、それは意思を持った相手であること。誰かのRである可能性もあり、会話もできる。消去すれば倫理的な問題、道徳的な問題があった。そして人類が現れるということは、モンストラス世界で誕生した生物も現れる可能性もあった。モンストラス世界という名前の由来は、突然変異のモンスターが現れたと言われていた。原因は一般には不明、それにより戦争まで起きたという事実。

 その危険性も考え、未確認のRが再びこの世界に侵入した時に備え、周波数をRに合わせたEMPを定期的に放出し、電子的な存在であるRを消去するようにした。ただし一旦この世界の人類と普通に会話を交わしたRは、モンストラス世界の生まれでもシンギュラリティ世界で市民権を与えるという条件をつけて。

---*---



 クローンベースにRデータをインストールし、生身の肉体を持った加藤。平均寿命が92歳であるシンギュラリティ世界において、加藤達哉の寿命の長さは研究対象ともされていた。



「確か年齢は128歳……なぜ今更、解約なんて。それに担当は田村チーフだったはずでは」



「昨日から連絡がとれない。あいつらしくない。解約の理由も確認してこい」



「はい! すぐに向かいます!」



 田村。所長に次ぐチーフ。専任である桜の上司。入社してから最短でチーフとなった野心家。平和なシンギュラリティ世界では役職にこだわらなくても平穏に生活ができていた。

 どのような職業でも需要があり、市民には自由に職業を選べ、有意義に暮らせるまでに人口密度が飽和していた。その環境の中で高みを目指す者を妨害する者は少なかった。

 行動の早い田村。特に意識していたのは本部への転属だった。基本的には年功序列的に所長が本部へ異動するが、本部にも同様に職員とそれを仕切るチーフがいた。それは世界を守る本部のANYがそれぞれの支所から人選した。本部ではANYの情報が広まらないためにも秘密主義が徹底されていた。



 候補を狙う田村が重要人物とされる加藤の情報を知らない訳がないと思われたが、通常業務である解約と半年間の保護義務は大抵専任か補佐の仕事でもあった。



「あと、刈谷も連れていけ。その後は最低半年間、刈谷を専任に付かせろ」



「はい! 了解致しました!」



 下村は桜に用件を伝え、その場を去る。



---*---

 よぎる思考は加藤への対応。加藤が発見されたのは10年前だった。突然現れ、人の目に触れ、保護をしたLIFE YOUR SAFEにより、当時から技術は完成していたクローンの肉体。倫理的観点から実際には眠らされていた技術。突然だった加藤の出現。その技術に異論を唱えるものはいなかった。

 受精卵からつくるのではなく、すでに標準的な肉体をかたどり、数値化される記憶はデータとしてインストールし、イメージとして残る記憶、主に脳、必要ならその他の臓器をクローンに移植し、DNAや体内機能、記憶全てが体になじんだ時に埋め込まれた機械を取り出し、晴れて人間として生活ができるようになっていた。
作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ