シンクロニシティ
恋人や妻を失った気持ちと、恋人や妻の認識がこの世で狂った気持ち。裁判をしても、大勢の前で否定される姿。大勢の前で否定される存在。刈谷、春日、下村、春日の恋人。全ての認識は変化し、その他大勢の認識に残る証拠は、本人達の記憶より、重要視される。
「そうか……あんたも自分の死を繰り返してんだな」
「はい……私の専任の補佐は春日でした。何度も自殺を止められて、彼の真っ直ぐな心に惹かれ、彼も私を愛してくれてました。ですが、半年前から異変が起きました。私と彼の写真が……全てあなたとの思い出になってるんです! 私はあなたを知らない!! 周りも彼の存在を知らない! これはいったい……な………ん……な……あ…… あ……た
す……けて……きゃぁ……りぃ……ぁあ…… さ」
「助けて? おい! どうし、た………え!?」
18:07
「春日さんはひとまず収容室にお願い致します! 守衛!! 担架だ!」
――戻った
下村が運ばれ、手錠を外され、収容室に入る刈谷。春日の婚約者に起きた突然のデジャヴュ。鈴村と刈谷二人の目の前で起きた不可解。刈谷に助けを求めていたような言葉。その最中に、女性の手は、自分の首にあてていた。何もない首回り。思い出してみれば、その苦しみ方は、まるで首を絞められているように感じるほど目を見開き、逃げ場も感じない、そして助け方も見当たらない無力感だった。
――春日の婚約者……なにが起こった? とにかく待っていれば、きっと管轄が現れるはず!
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考えても理解が及ばない現象。刈谷から見て、明らかにおかしい世界。この世界を、鈴村も感じているのか、それとも、何もなかったかのように二人で現れるのか。それでも少しずつ、自分の存在に自信を取り戻しそうな刈谷。
収容室にいるだけで気づかされる多数の現象。それはむしろ、今までの業務の多忙さと違い、静かに時を感じ、半年間、自分にまとわりついた時差の隔たりを改めて考えることができる空間となった。
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刈谷が収容室で鈴村を待つ頃、桜は支所の裏口から建物に入り、研修室へ近づいていた。近づくにつれ聞こえる声は、つい先ほど聞いた重く響く声。
その教室の中では専任予定の田村が、十数人の職員に熱弁を奮っていた。
大手をふるって語る田村。その田村の右手は、幼少時代に熱湯を浴び、肘から下にかけて皮下脂肪に及ぶ三度熱傷の跡が、はっきり残っていた。
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当時はショック状態で、何度も呼吸停止に陥ったが、一命を取り留め、皮膚移植も繰り返し回復していった。その後、周りから火傷の痕跡に対するいじめを受けていた。田村は、文句を言う者を暴力で黙らせ、従わせ、野心強く、自分を人より高い位置にいることを常としていた。
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目覚めたと感じた半年前。何度も死の淵から生還した幼少期。その影響からか、自殺未遂者が現れる度に感じる時間の変化。そして、この世界の違和感を感じられる決定的なものを、田村と取り巻く職員は目にしていた。
18:09
「職員諸君! 私に続いて数人の職員は目覚めた! この不死現象を裏付ける確かな証拠だ! まだ疑う者もいるだろう……だが疑う者に尋ねたい! 不死現象を説明出来るか!! いないだろう……それは我々は! この世のカラクリに仕組まれているからだ!!」
「田村専任! カラクリとはどんなものですか?」
「ハハハ! 専任と呼ぶにはまだ早いが、間もなくだ! そして俺はそのうちチーフとなる人間! 壊れた春日さんより、俺の方が適任だろう」
「はい! 田村さんは自分の葬式の話を所長に話したりしませんので! きっと隔離されてた下村にも刈谷さん病がうつったんでしょう!!」
「ハハハハハハ!!」
刈谷が町田に語った話題に、笑いが飛び交う研修室。町田が刈谷を緊急的に拘束した理由は、春日の葬式話が決定的だった。収容室に連行した新人職員も混ざり、重症患者となった下村の出来事も話題に上がっていた。
「そう……彼はこの世の犠牲者だ! 仕事をこなしているとはいえ、様子を見るために知らない人間の名前を俺達は発している! 刈谷さん! 刈谷さんと!! お前ら……同じようになりたいか? 全てまやかしだ! そしてこの話を俺はお前らに既に五回以上してる……だがこの言葉に嘘がない事は! さっき目覚めた者にはよくわかるだろう!」
「はい! 田村さんの言う通りでした!」
「俺も、屋上でも、駐車場でも、見えてない世界を体で理解しました!!」
田村に向かって羨望の眼差しな職員達。
田村が自信を持って語り続けることに耳を貸し、実践し、何かを感じた職員達。
世間で広まる不死現象。それは記憶のない者には不可思議。記憶のある者には目覚め。
その田村の目覚め。それは偶然だった。
「同じ職員ならあいつがどんなに嘘を言わない人間か、知ってるだろう……目覚めていない職員には信じがたいだろう。だが、お前達は見たはずだ!! 俺の死体を!!」
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田村の偶然。それは自分の死体。それは半年前、職員研修場として計画されていた古い館。木造三階建ての館。刈谷から言うとおころの、加藤達哉の館。
爆発時、刈谷の言う加藤の存在を探すため、専任補佐と職員による瓦礫撤去と捜索が行われていた。広範囲に広がった瓦礫、各グループに分かれ作業をしていた。
刈谷は階段があった下にある地下を。田村は、玄関があったとすれば、そこから一階右側部分。
扉と本棚の下敷きになっていたであろう死体を職員は発見した。すぐにグループを仕切っていた田村に報告。仮にグループを仕切っていたのが田村でなくても、その職員は田村を呼んだという。
顔だけ見れば、獣にでも襲われたと感じさせる惨殺死体。噛みやすい部分から無作為に狙われた部位が頭部だったのだろうか。その一見身元不明の死体には特徴があった。右手の部分。皮膚移植した跡。それは見慣れた者なら、わかる痕跡。驚いたのは、同じ痕跡を持つ田村。自分がいる。初めて訪れた現場に、自分の死体が。そしてすでに、その日から何度もデジャヴュを体験していた。
その死体を調べたかった。隠したかった。そして、その死体を田村が仕切るグループで隠した。
秘密裏に運ばれた死体。人口が七割も減ったモンストラス世界では、医師は貴重だった。外科、内科、精神科。さまざまな専門を一人で受け持たなければならなかった。
田村の配属されている支所に常駐している医師『香山弥生かやまやよい』。田村は、自分である証明を知りたい。下手に知られれば混乱を招く。その気持ちを弥生は察し、違う人物であれば報告するという条件で調べた。
調べた結果。DNAが一致した。
田村は待っていた。その証拠を公表する瞬間を。増やしたかった。自分と同じ、目覚める者を。
田村に憧れる職員の中に志願するものがいた。田村と同じ世界を見たいと思う者。