シンクロニシティ
焦る刈谷。何も結果が見えない計画に青ざめる。すでに昼間に三回も自殺を図った下村。それでも見えなかった成果。連行される前まで戻るつもりかと、娘という認識の妻も利用して死を繰り返すのかと。何か間違っていると感じる刈谷は勢いを収めるのに必死になってきた。
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「で、でもよ! それでどこに行けるんだ? 戻るだけじゃ!」
「どこかにヒントがあるはずです! やってみましょう!」
すでに準備を始めている下村。同じようにシーツを細く丸め、ベッドを立て始める。先ほども聞いたその狂気の音に、刈谷は自分が断ることで今はやめてくれると思った。
一時間戻るのに、何度自害するのかと、朝まで戻る時まで心がもつのかと、当たり前の事を下村と語りたかった。
「悪いがぁ……パスしておくよ。目的なく死ぬなんて」
「あ゛! あ゛ががが……ぅ……ぅ」
「ば! ばかやろう! 始めたのか!?」
18:06
「じゃあ室内の配給口から両手の手錠を廊下側にお願いします。外からはずしますね」
――戻った……あ!
「ぐ……ぐぅぅう……がぁ」
再び時間が戻る。その時刈谷が気になる事は、隣の男。刈谷が下村のうめき声に気づいたと同時に、職員が隣の男の行動に気づく。
「おい! お前何してる! 開錠だ!」
――また変わる
18:03
「か、春日さん! 辛いです! どうしちゃったんですか!?」
17:56
――どこまでいけるんだ?
「おい! 取り調べは以上だ! お前……心身喪失してんなあ! とりあえず地下で頭冷やしてこいよ! カ・リ・ヤ・さん!」
刈谷は収容所の一階での警察官からの取り調べ最中までさかのぼり、同じ言葉を浴びる。警察官からのすでに聞いた皮肉にも反応せず、次の変化までの心構えをする。だがその時間は、緩やかに、変化なく流れる。
――ここまで……か? あいつ……どうしてる
同じように、職員三名に連行される刈谷。途中何度も鉄格子のドアを開錠され、収容される地下二階まで下り、守衛に階層のドアを開錠される。
「か、春日さん!」
「辛いんだろぉ!? お前の気持ちはよくわかったょ! だからメシだけ奮発してくれ! 俺は今まで頑張ったからきっと今はお休みなんだょ!」
「え!? あ、はい! マシなご飯になるように言っておきます!」
既に聞いた職員の言葉が先読み出来る刈谷は、自分から次に出る言葉を発する。たじろぐ職員を尻目に、自分の入室する収容室の前で立ち止まる。
「ちょっ、ちょっと悪い……あの俺が入る予定の収容室の隣……一言聞きたい事があるんだ。不死現象のヒントが聞けるかもしれない!」
「と、特別ですよ……新人職員さん、ご内密にお願いします」
「はい!」
「あ、はい!」
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職員監視しながら了解のもと、下村の様子をうかがう刈谷。間をつくらず自害を続けた下村。興奮した勢いに限界がきたのか、途絶えたデジャヴュ。何か理由があったのか、都合が悪い事があったのか、入室してから会話を交わす前に、下村の精神状態を目で判断したかった。
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興奮して自殺を開始するまでの話口調は割と落ち着いていた下村。期待したのは、結果を話したがる姿。部屋を覗きながら声を掛ける刈谷。
その姿は四つん這いになってうつむいた後姿の下村。最初に気づいたのは音。一人の室内から聞こえるには、怪しく、考えも届かず、その行為を尋ねていい事か悩む音。その行為は、床をさすったり、引っ掻いたり、いつから始まり、いつまで続けるのか、理性が薄い印象があった。
「おい! どうだった? 俺は隣に入ってた専任だょ」
「はぁ?? どなた……ですかぁ?? ヒャハハハハハァ! 白……白? 白ってなんだあ?? 冷たい、冷たい、この鉄。鉄? 冷たい……ハハハハハー!」
「おい!!!? お前大丈夫か!? 職員! こいつやばいぞ! 医務室へ!」
「え!! あ! は、はい! わかりました! 春日さんはひとまず収容室にお願い致します! 守衛!! 担架だ!」
先程までの口調の面影が感じられない下村。刈谷の存在を忘れ、物や質感の認識が弱まり、記憶のどこかにありながら、はっきりと言葉に出せなく、自我が崩壊した様子。
声が響く地下、守衛室に備え付けてある担架を持ち、駆けつける足音。刈谷は手錠を外され、収容室に自ら入る。
慎重に、うずくまる下村を囲む職員。暴れる危険性を考えたが、意外と素直に、職員の誘導に従う下村。無邪気ともとれる、緊張もなく、好きに表現をしたい表情を浮かべながら、棒と布だけの担架で職員に運ばれる表情は、揺り籠に揺らされた、心地よさそうな笑みだった。