小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

シンクロニシティ

INDEX|20ページ/106ページ|

次のページ前のページ
 

【ジャメヴュ】 完全な未視感は大人の揺り籠



 18:03 



「春日さん! 僕らも辛いんです! ただ、命令なんで」



「は! お前も昔から刈谷さん刈谷さんって言ってただろ!?」



「か、春日さん……つ、辛いです! 半年前から……どうしちゃったんですか!?」



 三名の職員に連れていかれる刈谷。警察署より厳重なLIFE YOUR SAFE。精神病棟の一階まで派遣された警察官により発砲の取り調べ、調書が終わり、精神診断されるまで地下二階の収容室へ連行される。

 町田にも桜にも見限られたと感じる刈谷。誰の記憶からも消去された刈谷という名前。

 仮の名前で呼んでいたつもりの職員達。世話をした職員からの本気の心配。職員からの悪意のない返事は、心を落ち着かせる理由となった。



「はぁ~……大丈夫だ、もう暴れねぇ……俺も頭ん中整理するからょ……メシ、特別に美味いの用意してくれよぉ」



「あ、はい! なるべくマシなご飯用意出来るように言ってみます! 春日さんは頑張ってましたから今はお休みですよ!」



「春日はやめろよぉ……いゃ、なんでもいいゃ」



 終わりの感じない問答は、無駄に体力を消耗すると感じた刈谷。今、刈谷にとって必要だと感じた事、それは冷静な判断力。栄養の欠乏、睡眠不足による気分、記憶、集中力。それらを正常にしなければならないと思った。



「それでは、恐縮ですけれど、この収容室に入室お願いします! くれぐれも他の収容者を刺激しないようにお願い致します」



 地下二階。横に並ぶ収容室は比較的軽度な症状の者や、自殺未遂者が一定期間とどまり、主に様子を見るための監視階層である。

 何度も塗られた白い壁。白い鉄格子。仕切られた洋式のトイレに洗面所、ベッドが常備されている。



「はぁ。まさか俺がここに入るなんてよぉ」



「きっとすぐに出られますよ! じゃあ室内の配給口から両手の手錠を廊下側にお願いします。外からはずしますね!」



「じゃあ、メシはお願いねぇ」



「はい! 失礼致します!」



 敬意を込めて刈谷に接するベテランの職員。刈谷と付き合いの浅い、顔を固まらせた新人の職員二名。態度の違いは家族と罪人ほどの視線の違いを刈谷に感じさせた。

 春日と認めれば正常であり、自分の存在否定。刈谷と言い張れば異常であり、自分の存在肯定。その極端な選択をしなければならない両刀論法という逃げ場も居場所も維持できないジレンマ。

 打破するヒントは、同じ境遇をした者にしかわからなかった。



「はぁ……どっから頭整理しよっかなぁ~」



 立ったまま、白い天井を見つめ、突然の拘留により気が抜けた刈谷。すでに時間が無期限にも感じる空虚。考えることが億劫な一人の時間。このまま眠り、起きた時には全てがなかった事にならないか。やはり加藤達哉の館で起きた事は続いていたことを再認識させられ、町田へ語ったことが頭をする抜ける。

 収容室は自室に入っていると、他の部屋を見る事ができなかった。全ての部屋は横に並び、直接触れたり、対面して会話することは不可能であった。それでもすぐ隣に拘留されていれば会話はできる距離感である。



「こんにちは」



「あぁ、こんにちはぁ」



 隣の収容室より声を掛ける男。それは今朝、崖で妻と心中自殺未遂をした『下村敦しもむらあつし』である。挨拶される刈谷は気の抜けた声で簡単に返した。



「職員との会話聞いてました。同じ職員だったんですか?」



「んー、専任してたんょ……あんたはお客様?」



「はい! 今朝留置されました」



 落ち着いた口調の下村。自殺の発端は下村からであったため、妻は昼間の間に症状が軽いと思われる地下一階に移された。



「どうして自殺なんてするかねぇ……ま、俺も人のこと言えねえかぁ」



「専任の方が来られるなんて、余程の事でしょうね」



 部屋の真ん中で立ったままでいた刈谷は、下村の部屋に近い壁に近づき、壁に背中を滑らせながらゆっくり座り込んだ。



---*---

半年前に一度は自殺を試みた刈谷。死にたくない自殺。生きるための自殺。矛盾がある自分の行動の原因は、全て加藤の話を聞いてしまったことだろうと思っている刈谷。自分に似た理由の人物はいないか、ここはそんな人間が集まりやすい唯一の場所だと感じた刈谷は、簡単な雑談からヒントが得られないかと考え、自分の現状を素直に話した。

---*---



「なんだろねぇ……俺が存在してないのょ……俺の名前がどこにもなぃ。別の人間らしぃ……頭おかしいよなぁ~。違う世界みたいでぇ」



「わかりますよ! 俺もそんな違和感から……この世から消えようと考えましたから」



「ははは! 一緒にされてもねぇ……俺は死にたい訳じゃないのょ」



「俺もですよ! ただ……ここで死んだら、本当の世界に戻れる気がするんですよ! でも死ねないみたいですね」



「死ねない……か」



 刈谷は思う。自分と何が違うのだろうかと。本当の世界。加藤も同じようなことを言っていた。自分の本来の世界と。刈谷にとっては、直接聞いた言葉。それなら下村も誰かから聞いたのか。それとも自分でそう学んだのか。その疑問は、ふと思い出した加藤の質問と同じ言葉を発する事となった。



「変な言い方していいかぃ」



「はい! なんですか?」



「何回死んだ?」



---*---

 言っていて我ながらおかしな質問をしていると思う刈谷。死んだ記憶がある自体、認めてはいけない現象を認める質問。ただ、刈谷からすれば、半年前から始まった、毎日のようにおこるデジャヴュ。なるべく気にしないようにしていた。たまには感じていた。もしかすると、自分と同じように何度も同じ時間を違う自分が彷徨っている現象が起きているのではないかと。けれど考えるのをやめた。それは普段から、そのことを忘れようとしている桜の振る舞いもあったから。

---*---



 人に語れば疑われる神経。何か違う目で見られてしまいそうな恐怖。語らなくても、共感者がいるという暗黙の了解で満足だった。今日までは。



「はは、あなたもおかしな体験されたんですね! 俺はここに留置されるまでは一回ですね! でも一緒にいた妻が死んだ瞬間も世界が戻りました! そして彼女には死んだ記憶がない……どうしてでしょうね」



「あんた、いつから違う世界って感じた?」



「何かおかしいと思ったのは半年くらい前ですね」



「じゃあ……あんたは既に10回くらい死んでるのかもなぁ」



---*---

 自然と口からでた刈谷の大まかな回数。その根拠となったのは加藤の経験談。50回くらい死んだと話していた加藤。刈谷と話したのは12回くらいとも言っていた不可思議。刈谷の中で初対面であった加藤から、何度も語り合ったという戯れ言。真に受けられない刈谷。だが今、この拘留状態となって、全てを否定しきれなくなった。

 加藤の言葉が本当なら、下村が感じた違和感な世界から、10回は試したのではないかという、加藤の所感に合わせた不確かな根拠。
作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ