シンクロニシティ
取り押さえられた刈谷。左右から二人の職員が自分に手錠をはめ、余った輪っかを刈谷の両手首に、逃走を不可能にし社用の護送車に運んだ。
「管轄かんかつ! 本部から来られてたんですか!」
管轄と呼ばれる男。八頭身以上ありそうな長身。長めの黒髪を分け目をつくらずに後ろへ流したオールバック。光沢ある赤みがかった黒のスーツ。そのポケットより葉巻を取り出し火をつける。
「ふぅ。町田……あの刈谷と名乗る、春日雄二を監視して何かわかったのか?」
「本人から聞いた限りはつかみどころのない話ばかりでした……ただ」
「ただ?」
「話があまりに具体的で、今起きているこの不死現象のヒントがあるかと感じたのですが……その本人、加藤達哉の存在が不明です」
「あの春日は会ったと言っているのか?」
「はい……けれどあの建物の地下には誰の気配もありませんでした。元々あの爆発した館へは、水谷と春日で職員の実践研修場として下見に行ったのですが、水谷の報告により、爆発の影響で春日が解離同一性障害に似た状態となったので保護対象にしたいと強く言われましたので様子を見てました」
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町田の語る半年前、支所に戻った桜が館での業務が記載された予定表を手に持ちながら町田に報告した内容。古い建物での実践研修予定。monstrous時代に爆薬倉庫として建物に可燃性の爆発物が残っていたことで、慎重に建物を調査し、爆発物を撤去すると記載された予定表。桜の報告は、一階部分になんらかの仕掛けによる引火、爆発。引火に気づき外に避難したが、爆風に巻き込まれ、その影響で自らを刈谷恭介と名乗り始めた春日。
町田にも信じられない内容ではあったが、町田が春日と認識している刈谷恭介と書かれた報告書に、存在が認められていない加藤達哉の捜索希望、自分以外の春日雄二に関しての不幸な出来事を書き綴っていた事で、桜の信憑性を疑うことなく、仕事に支障が出るまで保護対象として職員全員から監視されていた。
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「所内職員の問題にはボイスレコーダーに残す規定だが、残したか?」
「はい! これです」
「後で聴いておく……水谷!」
「はい!」
「お前はあの建物には春日以外とは居なかったんだな?」
「はい! 間違いありません!」
「じゃあ刈谷恭介とは……どこから現れた名前だ?」
桜に目を合わし、その場にいた真実と認識を確認したい管轄。桜の一寸とも挙動を見せない眼差しで管轄に所感を伝える。
「架空……としか申し上げられません!」
「わかった! 順次専任を交代させ顧客を護るように!」
「わかりました! 即対応致します!」
「管轄、水谷には先程の所内トラック暴走の件で謹慎と減給により処分するところでしたが」
「あの犯人の動機は確認した。自営業の仕事依頼がなく、自殺願望が元々あり、そのキッカケを探すか家族の為に生きるかの瀬戸際に契約を断られた暴挙だ。だが今チーフ不在に何もいい事はない。俺の判断で不処分とする! 以上だ!」
「はい!」
「はい! ありがとうございます!」
町田と桜は声を合わし返事をすると管轄は振り返り、葉巻の甘い匂いを残しながらその場を去る。
支所の裏口の建物から姿が見えなくなるまで姿勢を正し、見送る町田と桜。
管轄の行先は不明であったが、緊張していたまとわり付く空気がなくなり、二人は息をついた。
「ふぅ……所長、私は管轄に対面するのは初めてですが……たしか名前は」
「あぁ桜チャン初めてだったかぁ?……創始者の子孫『鈴村和明すずむらかずあき』だ。まだ若いが判断力は間違いないね! けど葉巻吸う姿は初めてみたし、今日は妙に緊張感があったな。まあ支所にくるのは珍しい事だなぁ」
LIFE YOUR SAFEの最高責任者。鈴村和明。本部は支所の所長が昇格した先の中核。
各支所の問題は、昇格した所長が取締役となり、取締役会の決定で支所に指示と判断をする慣行。取締役からの連絡なく直接判断が下されるのは稀な事だった。
「そうですか……ところで春日はどうなりますか?」
「調書後……同じ事を言うなら……心身喪失者扱いでとりあえずここの精神病棟行きだろうなぁ……惜しい男だ」
「自殺未遂者も一旦収容される精神病棟ですね」
支所敷地内の裏口から見える高台にそびえる施設。monstrous時代、地下層に何者かを隔離するために、五階建ての収容所が建てられてから三階まで土で埋めて高台とした地帯。厳重な隔離が出来るその建物は、外壁を造り直し一見病棟とは見えないレンガ造りの落ち着いた雰囲気があった。
「今の世の中そんな病棟に意味があるかわからんがねえ?……閉じ込めておかないとどんな行動するかわかんないからなぁ……桜チャンも入ってみる?」
「お断りします。新しい専任に『田村タムラ』はどうですか?」
「いいんじゃない? 刈谷……いや春日の代役になってる訳だし、補佐やって半年はたったでしょ」
「はい、後ほど伝えます。え……あれは……しょ、所長! あの屋上にいる者達は……職員ですか?」
「そう……だな……何してんだ?」
桜が違和感に気付き、町田も同じ印象を受ける。
三階建ての支所の屋上、そこには地上から見える限り職員と思われる四名ほどの者達が、辺りを眺めたり、下をうかがったり、そして一人の男が何かを話し出すと他の三人は言葉に注目し、その男の言葉を聞き入れたのか、屋上のフェンスを越え、一歩先に踏み込めるかどうかの位置に立ち、均等に横に並んでいる。
「様子がおかしいです! 皆が並んで! 所長!! 堕ちるかもしれません!」
「ばかな! 自殺? 職員が!? 誰か知ってる奴はいないか!?」
桜は職員を凝視する。一人でも直接指示を下した事がいるか。夕日の逆光により顔がよく見えない。けれどその影の中、両手を広げながら三人に語りかける中心人物。その手振りに見覚えがある桜。声が大きく、プロテクトルームにおいても刈谷に次ぐ有段者。つい先ほど強く頭に描いた役職者。
その直属の職員に連絡するため、桜は携帯電話を取り出し掛け始める。
影の手振りが止まる。想像していた通りの人物。ゆっくりと影はスラックスのポケットに手を伸ばし、耳にあてるまでに通話ボタンを押し、ワンテンポ遅れて言葉を発する。
【はい】
「おい! 田村! お前何してる!?」
「桜! スピーカーにしろ!」
町田は桜に携帯の音声をスピーカーにして一緒に聴き入る。その声は、先ほどまで大きく動いていた影とは違うイメージ。太い声でゆっくりと、悲観的のようにもとれる暗い声。
【チーフ……私どもは……ここは違うと思うんですよ】
「ここ? どこの事だ!」
【はい……きっと……更に目覚めた時……自分に戻れるはずです……きっと……きっと】
「自分? おい! お前何を言ってるのかわかってるか?」