シンクロニシティ
【FALSE MEMORY】 虚偽記憶に舞い散る偽の桜吹雪
16:51
「何の冗談ですかぁ?」
「お前……春日の葬式に出たのか?」
「はぃ、今、ふと思い出したんですけどぉ……とても盛大な。所長のスピーチ中々の感動ものだったじゃないですかぁ」
刈谷の口から流れ出す思い出話。本気で語る刈谷。春日の悲惨な事故を普段から職員に語っている刈谷。葬式を盛大に町田が身寄りのない春日のために喪主となり全て取り仕切った事。春日に世話になった職員の中には、無念さに泣き叫んだハプニング。あまりに具体的に、あまりに本気で町田に伝えた。
「はあ~……やはり悪化したか……春日はお前だ。そしてあの現場は・桜・と・お・前・し・か・居なかった。そして、加藤達哉や刈谷恭介など・存・在・し・な・い!」
刈谷にとって、あまりにも真に受けられない町田の言葉。
町田から見れば、春日の葬式を支所全体で行なったという春日。
今まで呼ばれていた自分の名前の全否定。今の刈谷には、からかわれているとしか感じる事は出来なかった。
「ちょっとぉ……怒りますよ!? チーフにぃ聞いて下さいよぉ! 春日に対して、俺との記憶が狂ってぇ! うなだれてたんですよぉ!?」
町田はひたいに手を何度も触れ、町田にとって春日と認識している刈谷に対して、説得と説明の余地が見られなかった。
町田は、刈谷が乗り込もうとしていた車のドアを開け、クラクションを鳴らした。その音の鳴らし方は、モールス信号にも似たテンポで、『所長命令として、手の空いている職員。役職者以外の職員は直ちに集合するように』という意味を持つ、職員全員に研修させられた合図。その音の意味は刈谷も勿論理解していた。
10秒も待たずに一人、二人と集まる職員。とまどう刈谷の挙動をよそに、町田と刈谷を中心に30名程度の職員が一分ほどで集まった。そして職員の後ろから、町田を探していた桜もクラクションを耳に入れ、現れる。
「チーフ! 内緒話を所長に言ってしまってすいません! 少しでも力になろうかと思ってチーフを支える協力をお願いしていたんです! けれどぉ、今、見ての通り、誤解があるみたいです!」
刈谷の声に反応を見せない桜は、町田に向かって頭を下げ、刈谷が耳を疑う言葉を発する。
「所長、すみませんでした。春日の行動を監視するつもりでしたが、結局わかりませんでした」
「春日!? あいつ生きてるんですか!? チーフ!」
桜は冷たい眼差しで刈谷に体を向ける。その時偶然吹いた春の突風は、今朝の爆発により支所の玄関に散らばった造花の桜の花びらを風に乗せ、桜の後ろから刈谷の方へと舞い散った。その似せて作られた桜の花びらは、焦げや灰に染色された柔らかみのない偽物の桜吹雪。その目は、加藤達哉の館で見たさげすんだ眼差しだった。
「あなたは『春日雄二かすがゆうじ』! 『刈谷恭介かりやきょうすけ』など元々存在しない! あなたが何度も自分は刈谷だと訴えるから! あのとき所長に連絡して! あなたの行動を監視するために! あなたの見るデータを変えて貰ったのよ!」
「ちょっ! ちょっと待って下さいチーフ! それ、無理があります。俺の自宅には、直筆でフルネームを記載したものなんて沢山ありますよ? 筆跡鑑定でわかりますし、身分証明書だって! ほら!」
刈谷は免許証を取り出す。一瞬で疑いがなくなる期待。財布よりだした自分の顔写真も表示された証明書。それを見て一番驚いたのは刈谷。そこには春日雄二と記載がされていた。
刈谷は今日の昼間、新しく専任として担当した顧客に証明書を提示しながら名を名乗った記憶。そして一度確認した時には、自分本来の名前が当たり前に記載がしてあった自信。見せるに見せられない自分を追いつめる正に証明書を手に取り、今の自分の立ち回り方がわからなくなってきた。
「ちょっ……どうなってんだ? 自宅に来てください!! そこに刈谷と書いたものがいくらでもありますので!!」
「春日。そりゃあ、あるでしょうね。自分で書いたんでしょうから。それは更に自分の首をしめるわよ! 感謝してね……保護扱いで半年間職員全員から監視されてたんだから……職員! 顧客の安全確保だ! 春日雄二を、連行せよ」
チーフである桜の支持の元、職員は静かに刈谷の腕を静かに握り、病棟へ連行しようとする。
「はあ!? そういうことじゃないだろー!? あんたが春日を刈谷って呼んだんだろうがぁ!! 春日!? 俺は刈谷だーー!!」
刈谷は連行しようとする職員の腕をひねり、柔術で投げ飛ばす。
「ぐわ!! か、春日さん!」
「俺は! 春日じゃねぇ!!」
戸惑う職員達。今まで同じ環境で仕事をした先輩。指導してくれた先輩であり上司。尊敬もあるが、職員にとっては、自分を見失い、精神の病気を患ったとも感じる言動。
職員にとって簡単に抑えられない相手。プロテクトルームで刈谷に教わる面々。ひとりひとりでは各種有段者でさる刈谷に立ち向かう一歩が踏み込めなかった。
「一斉に春日を拘束しろ! 容赦するな!!」
町田の一声に職員は一斉に飛び掛かろうとする。
「ふっ! ざけんな!!!! あああー!!!!」
響く銃声。刈谷は拳銃で空を撃つ。
職員達は頭を抱え身を小さくしながら距離を空ける。
刈谷にとって、捕まれば、誤解を解く可能性がなくなるかもしれないと。このおかしな虚偽の記憶を正したいと。そして現在、その虚偽をくつがえす事ができる人物も証拠も見当たらない盲目の刈谷。今は真っ白になった頭を落ち着かせたかった。
「近付くなー!! 出来れば傷つけたくなぃ……そしてぇ、説明も出来ないんだよぉ! だからよぉ……静かに去るからみんな離れてくれょ」
「春日……まあ落ち着けよ。お前の話にあった加藤達哉の姿や遺体は、あの後あったか?」
「ない……なかったけどあった事なんだ! 俺は、俺は春日じゃねぇんだよ所長! でも、どっちでもいいからさ……行かせてくれょ」
銃口を無作為に合わせ、威嚇をしながら刈谷は車に近付き背中をドアに付け乗り込もうとする。
その時、刈谷の目に止まるものがある。それを見るのは実に半年ぶり。意味があることか、きまぐれか、その景色が見えた時には、何かに気づかなければならない瞬間のように。
――色! 上空に……何故今、共感覚が!?
刈谷の泳ぐ目、桜は眉間にしわを寄せる。そして桜の目線は刈谷が背中を向ける車の上方。黄色が集まる支所の二階部分。時折飛び散る緑。
町田は刈谷の後ろに目線を向ける。刈谷が背中を向ける車に、それは見ている者には意外なほど静かに飛び乗る音。
黙って振り向く刈谷。支所の二階から飛び降りてきた男は刈谷が振り向くと同時に拳銃を蹴り上げる。そして隙を与えることなく、刈谷のあごを掌底打ち(手の平の手首に近い部分で打撃)する。
「がは!!」
「拘束しろ!」
「う゛っぐぞ! は! 離せ゛ー!!」