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シンクロニシティ

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<そうですか。私は2000年くらいです>



<誰か私の事、知っていますかね>



<きっといるでしょう。生きているうちに名を残していれば>



<そうですね。一度は国を代表したスポーツ選手でしたから……きっと>



<いいですね、記録にあるのは。私は新聞に載った事はあります>



<どのような功績です?>



<犯罪でした。誰かが私の新聞を抱いて死ぬことを願ってます>



 無限に続く会話。各々の姿で、各々の振り向く先に話しかける。その念話は地表に伝わり、不特定多数の意識と会話が続く。夢の国を期待して。

 肉体がある時期にだけ、運命というものが存在する。その世界で全てを掛けて生きた生涯、どれだけの人に影響を与えられたか。

 肉体のある者が生涯を追える瞬間、自分の心に強く残る者が、EARTHの一部となっていた場合、その者たちは夢の国へ行けるという。

 夢の国。正しい名称はない。そして、誰もがその国が存在しているかどうかはわからない。



 ある一本の鮮やかな松の木が話していた。知り合ったばかりだが、仲良く会話していた目の前の杉の木が、突然いなくなった。初めて目の前に現れてから三日程度だという。

 話を聞けば、家族を愛し、人を愛し、社会に貢献した男。その男は病に倒れ、愛する家族に看取られながら、幸せな最後を迎えたという。

 その時、妻は男に伝えたという。「私もすぐに追いかけます」と。その話を聞いた松の木。杉の木の妻だった人が亡くなれば、二人仲良く隣にでも並ぶのかなと想像した。

 500年の時を経た松の木は、その話を聴いて、そんな相手がいれば、永遠の世界の中でどれだけ楽しく有意義に過ごせるだろうと考えた。その話を聞いた翌日、目の前にいた杉の木はいなくなったという。

 松の木は思った。肉体を持っていたときに、自分を想ってくれる人がどれだけいただろうと。もしも有名になっていれば、もしも歴史に名を残していれば、もしも誰かに愛されていれば、自分は『この先の世界』に行けると。



 自分の個性や運命を終わらせて辿り着いた終着点であるEARTH。その期待は、草を、木を、土を、石を、幸せな気分にさせた。そして、自分を想ってくれる人は誰かと、自分の一生を想像した。『誰か』が自分を想ってくれている。『誰か』は自分をまだ必要としている。『誰か』は自分を尊敬している。山は、ドウブツは、花は、コンチュウは、『誰か』に期待した。



<キョウスケ>



<キョウスケさん>



<キョウスケちゃん>



 どの樹木よりも大きくどの花よりも煌びやかに咲き誇る桜があった。

 その桜は『キョウスケ』と呼ばれていた。

 いつも聴こえるその声。自分の名前を伝えているのではないかと思うほどに。

 周りの花は呼ぶ。



<キョウスケさんこんにちは>



 周りの土は呼ぶ。



<キョウスケちゃん。今日も綺麗に咲いてますね>



 その名前は50年ほど続いている。

 孤独な大木の桜の木。『キョウスケ』。

 『誰か』に期待しない桜の木。

 『誰にも』話しかけない桜の木。

 『誰も』相手をしなくなった桜の木。

 『キョウスケ』は、孤独を選んでいた。

 カルミアの花は無くなっていた。いつ消えたのだろうか。突然カルミアの花からの声も聴こえなくなっていた。

 唱え続ける『キョウスケ』。そんなある日、桜の木の中から声が聴こえた。



『きっと……もうすぐ、僕の人生は……終わるん……だね。でも……本当は……もぅ死んでるはず……だったし、良かったの……かな……こんな死に……かたで。意味が……あったの……かな…………僕は、この大木みたいに……雄大で……静寂で……穏やかな存在になりたい……僕は静かに生きたい……退屈でいい……同じ場所でいい……きっとそれが僕の理想の人生なんだ』



 桜の木の下には、大きな穴が空いていた。もしも肉体を持った者であれば、二人は入れるだろう穴。そこから響く声に、『キョウスケ』は答えた。



<いいわ、あなたが本当に望むなら>



 『キョウスケ』は静かになった。『キョウスケ』が『キョウスケ』と言わなくなった。

 何も言わない『キョウスケ』。その『キョウスケ』と呼ばれていた桜の木に、強く伝わる声がする。

 それは草の声でも、木の声でも、石の声でも、花の声でもなかった。



<元気かしら。あなたのお陰で私はここにいられる。あれから、ここにくるのは初めてよ。私は今のあなた。あなたが私に触れた時、あなたのように世界を意識した。いい? これはあなたが選んだ、運命の結果よ。あなたには私の声が、届いてるかしら。聞こえていても、何も出来ないわね。私も、同じだったから。あなたは私の中で、自分の人生を語り、泣き、叫び、私のような静寂に生きることを望んだ。あなたには 感謝してるわ……>



 『キョウスケ』とも呼ばれなくなった桜の木。それから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

 もしも時間というものを意識していれば、どのような日数を伝えてくれるのだろうか。勇気を振り絞って、桜の木は隣りの木に挨拶をした。ここに来て3年だという。それからまた、静かに時を過ごした。

 ふと、隣りの木に再び挨拶をしてみた。ここに来て600年だと言う。

 ある日、その桜の木の下で、一羽のシジュウカラが元気なくさえずっていた。

 いつもはEARTHの世界の輝くトリが、隣りの木から木の実を食べる真似をしていた。

 最初はいつものトリかと思った。けれど、それはEARTHのイキモノの意識と違う。

 EARTHのイキモノは『誰か』に想われたい。桜の木である自分に強く伝わる意識。そのイキモノは、自分に対して強く想ってくれている。



『私はあなたが羨ましい。大きく、堂々として、みんなを風から守っている。素敵な花を咲かせる。私はあなたのような 雄大な存在になりたい。私はあなたに、なりたい』



 生涯が尽きる前に想う気持ちが連鎖する。その日、その時から、身動きの取れない桜の木だった意識は、別の世界で羽ばたく。

 意識は肉体を与えられ、自分が成りたい姿となる。そして、シジュウカラとなった桜の木だった者は羽ばたきだす。会いに来た人にもう一度会うため。それは自分だったのではないか。『僕』だったのではないかと。

 そのシジュウカラが想う人は、この夢の世界のような中、山の頂にある建物に入って行った。『僕』は追いかけた。建物の二階から覗く『僕』。それは『僕』ではなかった。

 その人はとても笑顔が素敵な人だと『僕』は感じる。もう一人、その笑顔を受け止めて、笑顔で返す男がいる。その男は笑顔が素敵な人に『キョウスケ』と呼ばれていた。そして『キョウスケ』は笑顔で伝える。



「今日で800回目の結婚記念日だね、桜」



 『僕』は羨ましく感じた。この人たちは幸せだ、と『僕』は強く思った。



『あなたのいる世界の住人に、なりたい』



「桜~。遊びに来たよ?」



 高い声に驚き、『僕』は再び飛び立った。
作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ