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シンクロニシティ

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monstrous時代。それは人が人でいられなくなる悪夢の時代。その悪夢の時代が終わり、人が人として交流を始めて、仕事が少しずつ増えて、それでも生活が楽ではない数十年。その中で、子供を捨てる事も珍しくなかった。

 その孤児院は、monstrous時代に作られた。危険な人里より、子供を守るため。

 その時代が終わっても、孤児院のある頂までに、息を切らしながら抱く子供との苦労を味わい、預ける考えを改めるためにも、その孤児院は頂にそびえ続けた。



「LIFE YOUR SAFEの審査で、この山を開拓して、崩していく男たちを、私はことごとく拒否をしていたわ」



 その審査の最後となった男は出浦。その山を削り、崩し、無くしていくための仕事を生業としていた。自分の育った唯一の場所を開拓する者たちを護る事は出来なかった桜。自分の存在が始まった山の頂。それも嘘にはしたくなかった。そして、その場所が、本当に存在していたか、確認せずにはいられなかった。



「桜の育った場所か。見てみたいな」



「あなた本当にわかっているの? 私は、あなたの世界であなたと生きた女じゃないの」



「わかってる。姿かたちは同じだけど、俺の知っている桜ではないのはわかっている。それでも、桜と居たいと思うんだ。お前は、間違いなく桜から存在が始まった人間。性格は違うけど、それは桜に見えていなかった一面なんだ。それをひっくるめて、俺は桜を愛している」



 言われ慣れない言葉を平気で伝えてくる刈谷の言葉に、反論もできず、同行を拒否することもせず、もうすぐ辿り着くであろう頂へと、光のない世界を歩き続ける。

 何度も登った事がある道。何度も下った事がある道。松明に照らされる山道は、刈谷から違いの見えない道。

 桜からは違いがわかる道。山道の湾曲や傾斜。目的地までの距離の目安となってくれる木々の集まる様子。登った記憶のある、なだらかに登りやすい大木。それは記憶に残る桜の遊び場。



 郷愁を感じながら、足を踏み入れた故郷は、覚えのある木々の環境に不安な心を撫でられ、松葉杖で支える力も強くなる。

 両足が健全であれば駆け走りたい。この湾曲をあともう一度曲がれば納得に至る。その期待は、想像通りの門が、想像通りの建物が、想像通りの遊具が、院内にあるという期待。



「あ……」



 そこは一面砂利と草に覆われていた。子供の頃に見上げた屋根の高さには物体の存在はなく、地面には朽ち果てた建物の残骸も見当たらない自然だけが従来の姿。思い出の遊具も、重く開けられなかった門も、星を眺めた二階の高さも、桜の幼少を証明する姿は見当たらなかった。



「ふふ……ハハ、そうよ! やっぱり、私には、全てが見せかけの人生だったのよ!」



「桜……」



「笑ってよ! フフ……私も作られた存在! 育った場所も作られた記憶! 何一つ実態がない世界だったのよ!? 私の人生は! 今さらシンギュラリティ世界と離されたからってなによ! 私には……何もない」



 片膝をつきそのまま横に倒れこむ桜。声を殺しても鼻をすする音は刈谷に沈黙を続けさせる。そして次の刹那、それは数ヵ月ぶりと感じる視覚へ映る色。

 山岳が並ぶ輪郭が理解できる。雲に透過する光は紫にも感じる。空気は青くも黄金色にも感じる。松明はその場の役目を終え、桜と刈谷にとってもモンストラス世界で初めての陽の光を浴びる事となる。それは同時に焚き火を囲んだ鈴村や弥生、咲と春日、世界の表面で生き抜いた全ての者の注目する光となる。始まる新しい本物の世界。

 500億年ほど前、地球は太陽を失い、太陽という存在を忘れた銀河系のひとつとなった。

 地球は新しい銀河へ優しく運ばれ、いくつもの惑星は太陽と共に惑星の生涯を終えた。

 太陽が位置した場所。そこには新しい塵が集まり、ガスが集まり、核融合が繰り返され、億年の時間を掛けて、新しい太陽が生まれていく。それは、その場所には、宇宙にとって太陽が必要だったから。

 かつて地球があった場所。そこに収められる運命の惑星は、地球がシンギュラリティ世界を創り、シンギュラリティ世界が作り上げたモンストラス世界に、宇宙の意思は必要と判断した。

 完璧なバランスを求める宇宙。その宇宙にとって、モンストラス世界は、完璧な宇宙の均衡を保つひとつと認められた。地球に代わり、新しい地球として。



 桜が眺める太陽から漏れてくる光。その美しさに皮肉にも感動した。自分の心境を洗い流されそうで油断しそうになる。その光で、刈谷に涙を見られることも避けたくなる。

 刈谷に背中を向けたまま立ち上がる桜。山々の輪郭に、記憶の中で見慣れたはずの景色に、息をすることを忘れる。



「ここ……違う! 私の見てきた景色じゃない!」



 山道は間違いないはずだった。湾曲する山道。遊んだ木々、場所。それは記憶の中で、自分が庭として遊び相手だった山。間違いないはずだった。

 モンストラス世界には、山脈と呼ばれるものは少なかった。それはシンギュラリティ世界にとって、彩りが足りなく思われていた。すでにあった完全な山々は、シンギュラリティ世界によって同じ山々を作り出された。同じ山道、同じ形のなだらかな木。モンストラス世界には、いくつもの同じ山が作られた。

 いくつものデータの山。それがシンギュラリティ世界と離れ、ひとつとなり、そのオリジナルの山の頂に、桜と刈谷は向かっていた。そして、桜が諦めていたその場所は、まだ頂ではなかった。



「あ……あれ!」



 自分の記憶で存在するはずだった孤児院の前で声を上げる桜。その山のオリジナルは桜が遊んだ山の記憶よりも標高は高く、立派な自然の産物であった。



「見えるよ桜。あれなんだね」



 光が注がれ、二人がたたずんでいる場所から上を見上げると、そこには桜の記憶にある孤児院が頂にそびえていた。それは、桜の育った場所が、データではなく、間違いなく存在していた。



「私の故郷は、実在してたのね」



 霧が晴れたような桜の表情。それは、刈谷が一番見慣れている、優しい桜の表情だった。その孤児院の背中から、初めて見る太陽が登る。

 桜は懐より、一本の葉巻を取り出す。それを二つに割ると、小さなカプセルが出てくる。そのカプセルを右手と、震える左手の指でつまみ、二つに折ると、桜の風下で風に撒かれた虹色の粉末は、空へ吸い込まれていった。



     ◆◆◆



 EARTH。カルミアの花が咲いてから50年の時が流れていた。



<おはよう>



<おはよう>



<今日もいい天気ですね>



<そうですね>



<平和ですね>



<平和です>



<永遠に変わりませんね>



<変わりませんよ>



<変わるわけありませんね>



<地球ですからね>



<夢の国への可能性もありますからね>



<きっと誰かが想ってくれますよ>



<そうですね。どこかの世界で、私を想って生涯を終えればいいわけですからね>



<あなたは何年待ってます?>



<私は300年くらいでしょうか>


作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ