とある王国の物語1
最後のHRでは、これから自分達が進むことになる部署が発表される。一応志望は取られるのだが、それが実現するかどうかは人それぞれで、適性検査の結果によっては全く違う部署に配属されることもある。
決まって、部署発表は軍隊関係からだ。そこら辺を志望していた生徒たちが色めき立ったのが感じられた。
「まずは、芦川(あしかわ)覚(さとる)だな・・・」
「うい!」
元気よく、返事付きで起立した彼は―――本来起立する必要はないのだが―――確か軍隊長志望だったはずだ。これから同僚となるクラスメートの配属先は、多少興味が湧く。
「・・・芦川、お前は4月から王国直属軍隊の、隊長だ。しっかりやれよ」
「おっしゃあ――――――――――――――――ッ!!!!!」
覚が飛び上がってガッツポーズをした。いくらその方面に適性があっても必ずトップの座につけるとは限らない。やはり嬉しいのだろう。
「次は軍隊の副隊長だな。これは・・・浅井(あざい)翔(しょう)馬(ま)、お前だ」
「うす」
どうでもよさそうに返事をした翔馬に、覚が「来年からも一緒だな~!!!」と飛びつく。翔馬は「キャー変態」と棒読み(・・・)で悲鳴を上げながら覚を振り落とした。
「うわー翔馬ちゃん酷い!」
「ウゼー」
白い目を向けられてもめげない(学習しない?)覚である。入学当初から仲の良かった二人だ、きっと翔馬の方も嬉しいのだろうが、照れ隠しなのか、いつも通りに振る舞っている。教師も普段と変わらない光景に苦笑していた。
「次、軍隊長補佐と参謀だな。両方とも頼むぞ、高階(たかしな)」
「うわマジ!?俺?」
自分でも予想外だったようだ。机に突っ伏していた高階透也(とうや)が驚いたようにがばっと身を起こした。
「そうだ、何故だか知らんがお前だ」
「うっそ、やべぇ、マジですか!俺すげぇ!」
教師の皮肉には、恐らく一生気がつかないだろう。
奇跡に近いな、だとか仕事サボりそう、だとか なかなか酷い野次が飛ぶ。いつもなら「なんだと?」と返す透也も、今日は憧れの仕事へ就けた感激の方が大きいのか、ナルシスト発言をばら撒きながら大人しく喜んでいた。
教室が一度落ち付いた所で、担任が少々嬉しそうに口を開いた。
「さて、今回はもう一つ快挙が出た」
『え?』
あ?と綾は記憶の底を探った。毎年軍部関係の役職は、この4つだけだったはずなのだが。
「流川(るかわ)」
「へ?」
担任が流川楓(かえで)の名前を呼んだ。女子の中では呼ばれること必須と言われていた楓だが、今回、例の4つの役職では名前が呼ばれなかった。まさか彼がその“快挙”なのか?
呼ばれた本人はぽかんと口を開けている。担任は意味ありげに間を開けて、言った。
「流川、よくやった。・・・・お前は4月から特殊部隊の隊長だ」
「え・・・・?え、マジすか!?」
ざわざわと教室が揺れた。特殊部隊、隊員となるのさえ超難関とされる部隊の隊長がこの学年から選出された。これは確かに快挙だろう。基本、特殊部隊の隊長は毎年変わる訳ではなく、卒業してくる学年に適性者がいた場合のみに繰り上げ式で新たに任命される。ここ7年ほど特殊部隊長は変わっていなかったはずだ。
「頑張れよ」
「は、はい!頑張ってやります!」
流川くんすご~い、と女子から黄色い声が飛んだ。へぇ、チャラ男でもテンパる事って
あるんだ、と心の中で密かに呟いた。
担任が手元の資料をめくりつつ言う。
「さて、軍部は以上だ。残りの軍隊関係を志望した者は、後で辞令が貼り出されるのでそっちを見るように。・・・次に、音楽隊の隊長だ」
「先生先生!私ですよね!?あたしが隊長ですよね!!?」
発表前にもかかわらず、声を上げたのは朝霞(あさか)明里(めいり)だった。中等部の頃から綾と同様、吹奏楽部に所属していた彼女は、やはり音楽隊の隊長に志願していたらしい。ちなみに、音楽隊というのは、王国の公式行事などの時に音楽を演奏する部隊で、場合によっては戦地に軍隊と共について行くこともある。
「まぁ待て。じゃあ発表するぞ」
「きゃー!マジで心臓ヤバいわ」
担任の宥めの言葉は一切頭に入っていないらしい。自分がどこに配属されるのか気になるあまり、早くしてくれないか、などと少々身勝手な事を考えてみる。
「音楽隊の隊長は・・・」
ごくり、と関係の無い男子までもが息を飲む。恐らく、どうでもよさそうな態度を取っているのはこの教室で自分と庵だけだろう。
だからこそ、いきなりの言葉に驚いた。
「高瀬、お前だ」
「は・・・・・・?」
明里が、うっそ、と放心したように言葉を漏らした。え、そんなの聞いてない。知らない。
「先代女王直々に推薦された。頼むぞ、高瀬」
「え、何で・・?」
数人の小さな私語が、だんだんと広がってゆく。
「何で明里じゃないの?マジおかしくない?」
「男子でか・・・。すげぇな」
「うわ~明里かわいそう・・・・」
「明里泣いてない?」
え、えええ、ちょっと待て。周りの様子はどうでもいいが、自分が悪者になるのは困る。
というか、何で自分なんだ。女王からの推薦って、どういうことだ?
「静かにしろー」
「え、だって先生!おかしいっしょ!絶対明里だって!」
「そーだよ!」
いやいやいや、こちらだって立候補した訳じゃないんだけど。口になど出せる訳はないが。確かに、吹奏楽部ではそこまでひどい成績を取ったりはしていなかった。が、自分に音楽隊の隊長に適性があるとは全く思わないし、何より希望調査の時に大きい役職は辞退する、ときっぱり言ったはずだ。
分からない事だらけで、頭がショート寸前である。情報が処理できない。
「まぁ、詳細は分からんが、とにかく女王陛下から強い推薦が入ってな。今までにも何度か高瀬の事については陛下から申し出があったが、今回もそれだろう。・・・とにかく、しっかりやれよ」
何と無責任な。だが、ここはとりあえず、
「・・・・はい」
とでも言っておくしかないだろう。発表が滞ってはいけない。
担任が次の発表に入っても、なかなか私語は止まなかった。さすがに、次代女王の発表―――現女王の娘であるおてんば代表、神崎(かんざき)由良(ゆら)だ―――の時は静まり返ったが。
先程担任が言った通り、誰が仕組んだのかまでは知らないが、今までの人生にどこか作為的なものを感じていたのは確かだ。中等部から今までにかけて、ずっと生徒会の役員をやっていたのもやりたくてやっていた訳ではなく、上からのよくわからない圧力のせいだった。
モヤモヤする。どうも釈然としない。そんな気持ちを抱いたまま、学生最後のHRは終ろうとしていた。