とある王国の物語1
「うわ、モヤモヤしてる」
「突っつかないで」
解散、の号令がかかった瞬間、教室の空気が緩んだ。皆が最後の別れを惜しむ中、綾は庵と並んで窓際に立っていた。
「え、いいじゃん」
「よくない」
やっぱり嫌みなヤツ、と思ったが、よくよく考えてみればこんなアホみたいな会話ができるのもあと数分だ。まあいいか、と考えなおす。ただし、このまま会話を続けると確実に痛い所をグサグサと刺されるので、それとなく話題を転換することにする。いつの間にか、庵の隣に圭輔がいた。
「そういえば、お前って配属先どうなったの?」
このタイミングでの話題と言えば、これしかないだろう。庵がかなりどうでもよさそうに返してきた。
「ん、俺?・・・情報部隊」
「マジか!?」
驚きの声を上げたのは圭輔だ。実は自分も驚いている。
「何で?別に良いじゃん」
何か不満でも?とでも言いたげな顔で、庵は何故かこちらを見つめてきた。俺じゃねぇよ。圭輔が少し嬉しそうに口を開く。・・・だから俺じゃねぇって!
「いや、別にいいけどよ、俺も情報部隊だから」
「・・・・・」
無意識のうちにへぇ、と小さく呟いた。が、当の庵は反応しない。どうやら圭輔は、自ら盛大に地雷の上に飛び乗ってしまったようだ。
庵が黙るのは地雷を踏んだ証拠。二人の間では常識である。
とは言っても特に庵の表情に変化は無いので、圭輔にそれが分かるはずもなく。
「え、何その沈黙」
地雷パート2。
「ふーん」
庵からの返事が一言。あーあ、俺は知らねえぞ。
そして。
「え、え、えええ、ちょっ、無しだろ!!!痛いって!やめろって!痛い痛い痛い!!」
「そっちでしょ」
「何が何が!意味わかんないし!」
「分かれよ」
「痛いって―――――――ッ!!!!!!!!」
腕を本来可動域では無い方向にねじられ、断末魔の叫び声をあげた圭輔に、庵は満足したようで、案外あっさりと玩具を投げ捨てた。
「可哀想、かも」
「向こうのせいだから、こっちは悪くないよ」
そうか?というささやかな疑問は、やはり彼独特の笑顔で圧殺されてしまった。
しばらく騒いでいると、菅原誠(すがわらまこと)と東海章(あずみあきら)がやってきた。章はともかく、どうも誠が浮かない顔をしている。どうしたのか気になったが、聞くのは気が引ける上に面倒臭い。ぐずぐず考えていると、復活した圭輔が代わりに聞いてくれた。
「どうした道真(みちざね)!」
「だから道真って言うな!」
眼鏡を押し上げつつ誠が喚いた。道真――菅原道真とは、約2300年程前にいた人物で、その頃まだ「唐」と呼ばれていた隣国との貿易を寸断した人だ、と歴史の授業で習った。「菅原」という苗字である誠は、ちょくちょく道真と呼ばれるが、本人は嫌がっている。
「何落ち込んでんだ?」
えー、と不満を噴出させるように道真―――もとい、誠は言った。
「俺さー、今度情報部に配属されたんだよ」
「うわ、マジ!?俺と一緒じゃ・・・痛ッ」
おいおい。このままだと圭輔がかなりの回数殴られそうなので、こちらから喋ってやる事にする。
「情報部がいやだったの?」
「そう言う訳じゃないんだけど・・・」
どうも煮え切らない返事を返す誠。ここまできたら面倒なので問い詰める。
「じゃ何で?」
「それがさー、隊長が・・・衛(まもる)なんだよ」
・・・。
「えっ」
「うわっ」
「・・・・へぇ」
「・・・。」
「な?可哀そうだろ」
章が憐れみを込めた声で言った。確かに、少し哀れではある。
衛―――渡海(とかい)衛は、このクラスの中で恐らく覚の次に騒がしい奴だ。一言で言い表すなら、オタクな変態。どうしようもない奴だが、案外頭の回転が速い部分もある。ただ、アレを上司に持たなければならない誠の事を考えると、・・・思わず黙祷(もくとう)を捧げたくなった。
「確かに・・・俺だったら絶対ヤダ」
圭輔が身震いしている。それに庵がイラッとしているのが分かる。空気が不穏だよ、と小突くと、何が?と首をかしげてきた。
「だから、これからあいつとやってかないといけないと思うと・・・。俺、副隊長だから」
「へぇ、副なんだ」
副隊長によっては情報部隊の崩壊は免れないな、と思っていたが、誠ならば恐らく大丈夫だろう。さて、いつ頃に胃を壊すだろうか。
「まぁ、胃壊すなよ」
圭輔の一言と自分の胸中の見事なシンクロ率。これは少々ウザい。
しばらく喋り続け、ちらりと腕時計を見ると、既に午後2時を回っていた。
いつまでもここでダラダラしていたいが、そう言う訳にもいかない。断って話を抜けるのもナンなので、いつものごとく「ふらっと消える」という作戦に出る。
一応庵の方を見ると、向こうもいい加減帰りたかったらしくこっちについて来た。
教室から遠ざかり、歩くスピードが少し落ちる。
「なんだ、残ってればよかったのに」
「別に、残る理由ないし」
「・・・ま、そんなもんだよな」
「そんなもんでしょ」
しばらく廊下を歩き、一度振り返る。寂しいとか?なんて聞かれたが、答える訳がない。
(さようなら、学生時代よ。)
あれ、今俺めっちゃカッコつけた?
「すごく微妙な恰好の付け方だ」
「うるさい」
だいたいこんな感じ。それでいいのだ。
――――平穏なこれからを願いつつ、綾は、庵と共に校舎を後にした。