子羊フリースの冒険
「オオカミさんが、もしボクを食べたとしても、眠っている間に、きっと猟師さんが来て、オオカミさんのお腹を切り裂いて、助けてくれるはずさ。なぜなら、その猟師さんのご先祖は、あの赤ずきんちゃんを助けた、由緒正しい、猟師さんだからね。」
「そ、それは、ほんとうか・・・・・。」
オオカミは、急に、おどおどし始め、あたりをキョロキョロし始めました。
「いかん!急に、腹が痛くなって来た。実は、このオレは、あかずきんちゃんを襲ったオオカミの、孫のまた孫のそのまた孫の孫なんだ・・・・。今日のところは、見逃してやる。オレ、帰る~!」
と、そう言うが早いか、オオカミはフリースを手から離すと、一目散に、森の奥へと走って行きました。
フリースは、なんとか、オオカミを退散させることに成功しました。
「でも、ほんとうに、あのオオカミは、赤ずきんちゃんを襲ったオオカミの、孫のまた孫のそのまた孫の孫・・・・・だったんだろうか?」
フリースが、そう考えた途端、後ろから不気味な声が聞こえました。
「ほーっ、ほっ、ほっほー。弱虫のやせっぽちの、子羊のくせに、なかなかうまくやったじゃないか。ほめてやろう・・・・。」
ぎょっとして、振り返ると、そこには恐ろしい顔をした魔女が、ニヤリと笑って、立っていました。
ああ、これが、ジプじいさんが言っていた、森に住んでいる魔女に違いない!
どうすればいいんだろう。フリースは、思わず逃げ出そうとしましたが、足がすくんでしまって、思うように前へ進めません。あっという間に、恐ろしい魔女に後ろから、はがいじめにされました。
「うぅうっ、ぼ、ぼくをどうする気・・・?」
「さあ、どうしてあげようかね、ぼうや・・・・・。」
と、魔女がそう言った瞬間、フリースの立っている足元の地面が、ゴーッという音とともにパックリと割れ、見る間に、深く、大きな穴が開きました。
魔女は、またニヤリと笑いました。
「深くて、大きい穴だねえ。まるで、おまえを待っているようだよ。落ちたら二度とは、はい上がれないだろうねえ、子羊ぼうや。いーひっひっひ!」
魔女は、ぼくをこの穴に落とす気だな!とフリースは思いました。と同時に、ふいに、フリースはあることに気づきました。
はがいじめにされている、この感じ・・・・。これって、まさしく、園長先生がいつもフリースをはがいじめにしているのと、全く同じやり方なのです。
ということは・・・・・・、
フリースは、ふいをついて、からだ全体の力をフワッと抜き、大きくばんざいをするような格好のまま、ストンと尻もちをつくように、魔女の腕をするりと抜けました。
「あっ!」
魔女が叫んだと同時に、フリースは、魔女のまたの下をくぐり抜け、反対側から思いっきり強く、魔女のお尻を押しました。
「ギャーッ!」
恐ろしい魔女は、恐ろしい叫び声を上げながら、深い穴に落ちて行きました。
「フーッ・・・・・。」
あの、はがいじめをすり抜ける方法は、どうしても園長先生から逃げ出したいときに、ときどきフリースが使っている方法なのです。
まだ心臓がドキドキしています。フリースは、あまりの恐ろしさに、穴の底をのぞくこともできずに、呆然と、その場所に立ち尽くしていました。
と、そのとき、遠くの方から、大勢のひとの声が聞こえてきました。
「おおーい、フリース!どこにいるんだーっ」
「あっ、あれは、理事長の、クラソブ先生の声だ。それに、シュニッツェル先生の声も・・・・・」
フリースは、やっと助かったと思いました。
「せんせい!ここでーす。」
わいわいがやがや・・・・・と、みんながやって来ました。
「フリース、無事でよかった。」
「どうして、こんなところまで、ひとりで来たんだ。」
「もう二度と、こんなことをしてはいけませんわよ。」
いつのまにか、園長先生も来ています。
幼稚園のこども達も、あとから遅れてやって来ました。
「フリース君、一緒に遊ぼうよ。」
「明日は、幼稚園に来てね。なんなら、お家まで迎えに行こうか?」
ワイワイガヤガヤ・・・・・、と、みんなが楽しそうにおしゃべりをはじめたときでした。
「オーイ、助けてくれー・・・・・・。」
という、苦しそうな声が、聞こえてきました。
みんなは一瞬、顔を見合わせました。
「足をくじいて、動けん。誰か助けてくれー。」
その声は、あの、魔女が落ちた穴から聞こえてきていました。
「魔女は、生きていたんだ!」
フリースは、思わず叫びました。
「どういうことだ。フリース!」
「何があったんだ?」
クラソブ先生と、シュニッツェル先生が、口々に尋ねました。
「ぼ、ぼく・・・・・、悪い魔女を、この穴に落っことしたんだけど・・・・・。」
「そんなに悪い魔女なら、ほっときなさい。助けたら、ろくなことにならないわ。」
園長先生が、かん高い声で言いました。
フリースは、園長先生の言うとおりだとも思いましたが、魔女のことが、少し心配になっていました。魔女のことだから、穴に落ちても、魔法で何かに化けて、飛び出すとかして逃げるんだろう、ぐらいに考えていたのです。でも、足をくじいて動けないと言っている・・・・・。
それは、うそなんだろうか、ほんとうなんだろうか・・・・・?
フリースは、恐る、恐る、穴をのぞき込んでみました。
「おお、助けておくれ!お願いだ。かわいい子羊よ・・・・・。」
フリースは、思い切って、魔女に尋ねました。
「すっごい魔法を使えるんだから、何かに変身して逃げ出せばいいじゃないか!」
穴の下で、魔女は大きく首をふりました。
「わたしの魔法は、ひとの“弱い心”をあやつることだけなのだ。何かに変身したりはできない。おまえを最初に襲ったオオカミは、おまえが何かいるんじゃないかと、こわがったから、現れたのだ。だが、おまえが、勇気を取り戻して、オオカミに話しかけ、反対にオオカミの弱みを見つけただろ。だからオオカミは逃げ出したのさ。」
「でも、この大きな穴は、あなたが魔法で作ったんでしょ・・・・・?」
フリースは、さらに問いかけました。
「いや、違う。わたしがおまえをつかまえたとき、何か恐ろしいことをされるんじゃないかと、思っただろ。そのこわがる気持ちを使って、魔法をかけたのさ。魔法は使ったが、おまえの、その恐怖心がなければ、わたしは、石ころひとつ、動かしたりできぬ・・・・・。このわたしを、信じてくれ・・・・。」
フリースは考えました。魔女の言っていることが全部うそだとは思えませんでしたし、魔女が足をくじいたのは、自分のせいです。そこまで考えると、フリースは、突然立ち上がり、大きな声で叫びました。
「誰か、長くて丈夫なロープを持って来て!」
「あら、あら、あんな魔女の言うことを信じていいの?フリース。」
園長先生が、止めようとしましたが、フリースはきっぱり、言いました。
「ぼくは、信じるよ。信じてあげなきゃ。」
と、そのときふいに、しわがれた声が聞こえました。
「ロープなら、ここにあるぞ。」
みんなが振り返ると、そこにはいつ来たのか、ジプじいさんが立っていました。