子羊フリースの冒険
「フリース!よく無事だったな。あれはな、ハヴァという名前の魔女じゃ。あいつの言ったとおり、相手に弱い心がなければ、何もできぬ。早く助けてやろう。さ、これを持て。」
と言って、ジプじいさんは、ロープの端をフリースに握らせました。そして、反対側の端を持つと、魔女の落ちた穴の中へと、放りました。
「おーい、しっかりロープを身体に巻きつけて結ぶんじゃ。」
ジプじいさんは、振り返ると、そばまで来ていた、クラソブ先生とシュニッツェル先生にも、ロープを握らせ、自分もその後ろにつきました。
「おーい、引っ張るから、ロープをしっかり握っとるんじゃゾ!」
ジプじいさんが、穴の下に向かって叫ぶと、下から魔女の声が弱々しく聞こえました。
「ああ、た、たのむ…・。」
「さあ、引っ張るゾ。せえのっ!」
よいしょ、よいしょ。うんしょ、うんしょ・・・・。
と引っ張り始めたのはいいものの、なかなか思うようには、上がりません。園長先生も加勢しに来ましたが、やっぱりダメです。
それを見ていたハニーくんが、声を上げました。
「ぼくたちも、手伝おう!」
「そうだ、手伝おう!」
こども達が一斉に、ロープに群がりました。
「オーエス、オーエス、オーエス!・・・・・。」
こども達は、幼稚園の運動会で、つなひきの練習を何回もしていましたから、慣れたものです。見る見る、ロープは引っ張り上げられ、やがて苦しそうな顔をした魔女が引き上げられました。ジプじいさんが、手を差し伸べ、やっと魔女は穴の外へ這い出しました。
「ど、どうも・・・、ありが・・・とうよ。」
ジプじいさんは、魔女の足のけがを見て、持ってきていたリュックの中から、ゴソゴソ、何か取り出して、足首に塗ってやりました。それは、じいさんが薬草から作った、ぬり薬でした。
「あぁ、少し楽になって来た・・・。そこの、子羊、ほんとうに、ありがとうよ。おまえをこわがらせて、すまなかった。しかし、なぜこんなわたしを助ける気になったのじゃ?」
フリースは、答えました。
「それは、ほんの少しだったけど、お話をして、気持ちがよく分かったからだよ。」
そう言ったあと、フリースはジプじいさんに向かって、ニッコリ笑ってみせました。
「それより、足をけがをさせてゴメンね。痛くない?」
「大丈夫だとも。もうこれからは、悪いことはしないから、森に遊びにおいで。今度はひとりじゃなく、幼稚園のお友達と一緒にな・・・。」
「そうじゃ、もう幼稚園を脱走してはいかんぞ。」
ジプじいさんの言葉を聞いて、みんなは、一斉に笑い、フリースは少しばつの悪い顔をして、はにかみました。
そのとき、ふいに、後ろで声がしました。
「フリース、心配させて、悪い子ね・・・・・。」
「お、おかあさん!」
思わず、お母さんの胸に、フリースは飛び込みました。
「家に帰ってるんじゃないかと思って、一度戻ったから、みんなより遅くなっちゃった。でも、無事でよかったわ・・・・。」
フリースの目からは、自然に涙があふれてきました。
森の木々がそよ風に吹かれ、さわさわ、音を立てています。木洩れ陽がゆれ、小鳥もチュン チュン、さえずり始めました。澄んだ空には、何もなかったかのように、ふわふわした白い雲が、風にゆったりと浮かんで、流れて行きました。
おしまい