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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ

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 薬品箱に埋もれるようにして隠されていた扉の向こうには、さらに大きな倉庫があった。扉から部屋の反対側の扉まで橋のように渡された細い通路。吹き抜けになった階下には大量の薬品棚。そこに並べられているのはたった一種類の薬。薬品くさい倉庫を抜けて、さらに奥の部屋を目指す。鍵のかかった扉をこじ開けて進んでいくと、何もない大きめの部屋にたどり着いた。いくつか扉がある以外は特筆すべきところのない部屋。その奥に目的の人物がいた。
「あなたが黒幕ね。ラウル」
「・・・何の話だ」
 相変わらず疲れた様子で、ラウルは言う。見た目は冴えない中年男だが、一応悪魔研究家だ。ティリーのように魔術を使えてもおかしくない。不意打ちで魔術を使われても対応できるように、リゼは身構えてから言った。
「麻薬の密売。指揮しているのはあなたでしょう。ゴールトンではなく」



「だから市長じゃありませんってば。麻薬の密売をしてるのはラウルですから」
 レーナはしれっと言ったが、発言内容のせいでその場の空気は一時静止した。あまりに何気ない発言にリゼは頭の中で今の台詞を反芻する。
「・・・・・・今、なんて言った?」
「あ」
 聞き返すと、レーナはしまったといわんばかりの間抜けな顔をする。完全に失言だったらしい。
「今のどういう意味だ?」
「えーっとですね。つまり、密売してるのは市長じゃないってことです」
「市長じゃなくてラウルだと」
「・・・まあ」
 訳が分からなくなってきた。確証もなしに商人の言を信じるつもりはないのだが、もしゴールトンが黒幕ならその部下であるレーナの言葉とて信じるわけにはいかない。
「・・・証拠は?」
「証拠ですか? 色々ありますけど、お二人が納得するものというと・・・」
 レーナは思案顔になって沈黙した。しかししばらくして、
「あ、ないかも」
「ってあのですね」
「だって記録を捏造してるって言われたらそれまでですもん。証拠なら、その書類。それに大体書いてありますけどね。こうなったら読んでください。市長のじゃなくてラウルが密売人だっていう証拠が書いてありますから」
 そう言って、リゼの手の書類を指さす。リゼは書類を広げると、ざっと目を通した。ティリーも横から覗き込んで書類を読む。
「ゴールトンはラウルが黒幕だと知ってたの?」
「あ、信じてくれたんですか? そうですよ。判明したのは割と最近ですけどね」
「だったら何故わたくしたちを東の倉庫街まで行かせたんです? 密売人が隠れ住んでるなんて言って」
「東の倉庫街に密売人のアジトがあるってのは本当ですよ。実際にあったでしょ?ただ本拠地じゃないだけです。どっちにしろ潰す必要があったのであなたがたにやってもらおうと」
 それに、とレーナは続ける。
「ラウルの共犯者、実際に麻薬を密輸してる貿易商をおびき出す必要があったんです。そのためにあなたがたに行ってもらう必要があったので。たぶん今頃市長が捕まえてくれていると思います」
「じゃあ密売人の本拠地はどこにあるのよ」
「それはここの近くです」
 レーナはそう言って、東を指さした。そちらの方向にあるということだろうが、東にある建物というと。
「病院ですよ」



「余計な言い訳はいらないわよ。面倒だわ。あなたが麻薬を密輸して、司祭たちに売らせてたのね?」
 そうリゼが言うと、ラウルは深々とため息をついた。やれやれ、といった様子だ。やがてめんどくさそうにこちらを向くと口を開いた。
「どうやってここに来たんだ? 扉には鍵をかけておいたんだが」
「最初の扉はレーナが開けてくれました。後は壊してきましたわ」
 ティリーが腰に手を当てて言った。ゴールトンの秘書官は錠前外しの心得があるらしく、鍵のかかった扉を数分で開けてくれたのだ。開けた後、あの商人を見張っておかないといけないし荒事には向いてないから後はよろしくとは言われたが。
「ああなるほど。レーナか・・・新任で有能そうには見えなかったが、そんな特技を隠していたのか」
 納得したようにぶつぶつと呟く。その様子を見て、リゼは口を開いた。
「それよりも、否定しないってことはあなたが密売人で間違っていないってことね」
「否定したところで言い逃れが効く状況じゃないだろう」
「よく分かってますわね。では、何故こんなことをしてるのか教えていただきたいですわ。一体何のために麻薬をばらまいているんですの?」
 ティリーがそう問いかけると、ラウルは白いものが混じった頭に手をやった。
「そんなの決まってるじゃないか。商売のためだよ」
「商売・・・?」
「要するに金のためだ。このメリエ・リドスじゃ金払いがものをいう。違法な商品の流通も、許可証を持たないミガー人の出入国も、そもそもメリエ・リドスの自治権さえ、全て金で買ってるんだ。この街だけとはいえ、アルヴィアでミガー人が自由に動けるのも、スミルナに金を握らせているからなんだ」
「金のため、ね」
「おいおい、金がそんなに卑しいものか? 悪魔に取り憑かれて死ぬのは貧しい連中がほとんどだ。金があれば貧しい生活に心を荒ませることもない。そもそも君達がミガーへ渡れるのも、入国審査官に金を与えて監査をやめさせているからだ。全ては金のおかげなんだよ」
 言い訳・・・という感じはしない。疲れた様子は変わらないが、淡々と事実を報告しているような、そんな口調である。儲けるために商品を売る。売っているものはともかく、『商売』をするのは商人として自然なことなのかもしれないが。
「金ね。あると便利なことは否定しないけど」
 冷ややかにリゼは言う。
「麻薬がばらまかれたせいで悪魔憑きが増えてる。祓ってももう一度取り憑かれる可能性もある。ただでさえ悪魔憑きが多いのに余計なことしないでくれるかしら」
「さすが救世主殿。お優しいことだな」
 その台詞が終わる前に、リゼは一歩前に踏み出した。風を呼び、体にまとわせる。高速でラウルの目の前まで移動したリゼは、そいつの鳩尾に剣の柄を沈めた。
「うるさい悪党」
呻き声を上げて膝を折った所で、横っ面に蹴りこんで追い打ちをかける。しかし彼は苦痛に顔をゆがめたものの、にやりと不敵に笑って、袖から取り出した袋の中身を振りまいた。白い粉末がばらまかれ、さぁっと大気中に広がる。リゼは咄嗟に息を止めたが、間に合わずほんの少し吸い込んでしまった。粉末は甘ったるく、飲み込むと妙な苦みが残った。
「―――つ!」
 突然、強烈な眩暈に襲われた。世界が回り、耐え切れず膝をつく。地面が泥のように柔らかくなって、沈み込んでいきそうな感覚に陥る。顔を上げると、ラウルが無表情でこちらを見下ろしていた。
「大丈夫か、救世主さん。もっとあげようか。幸せな気分になれるぞ」
「・・・誰がいるか。こんなもので幸せになった所でどうせ幻。その後で苦しむだけでしょう」
 言い返してやると、ラウルは憐れむような目をした後、俊敏な動きで後ろに跳んだ。ティリーの魔術を避けようとしたらしい。ラウルは壁際まで後退し、壁に手をついた。
「ではお優しい救世主殿に彼らを紹介しよう。彼らを苦しみから救ってやるといい」