小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ

INDEX|14ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 密売人の逃亡に気づく自警団員もいたが、混乱と砂塵のせいで後を追える者がいない。ただでさえ牢に入っていた別の犯罪者たちが混乱に乗じて逃げ出そうとしている最中なのだ。
「俺が追いかける。ここの怪我人を頼む!」
 言うなり、アルベルトは密売人の後を追って街の方へと走りだした。



 逃げ出した密売人を追いかけて、アルベルトは走っていた。
 高い建物に挟まれた裏路地は昼間だというのに薄暗い。その中を密売人は必至で逃げていく。死に物狂いなのか今朝とは段違いのスピードだ。しかし、持久力はなかったらしく、しばらくしてスピードは落ち始めた。
 T字路を曲がる密売人の後を追いかけて、アルベルトも同じように角を曲がる。そこを進んで先で、思ったよりも早く密売人に追いついた。
「神よお許し下さい! 私は彼らを救いたかったのです! 救いたかった! だから私をお救い下さい!」
 路地の行き止まり――街の端らしく、道が途切れてその先は海になっている――で密売人は天に向かって喚いていた。そこへアルベルトは近付いて、
「行き止まりだ。もう逃げるのは諦めろ」
 そう密売人に警告する。こちらを振り返って焦りの色を浮かべる密売人に、アルベルトはさらに言い募る。
「一つ聞く。何故、あんなものを売っていたんだ。それも免罪符と称して」
「そ、それは・・・」
「司祭であるあなたが、禁止されている免罪符の売買のみならず危険な薬を売り捌くことは、神を貶めることと同じだ」
 アルベルトはなるべく冷静に言ったが、当然、密売人はお気に召さなかったらしい。
「う、うるさい! そういうお前はどうなんだ!」
 アルベルトを指さし、子供のように喚きながら密売人は続ける。
「お前アルベルト・スターレンだろう! 悪魔堕ちした悪魔祓い師が、私に説教するのか!? 神に逆らっているのはどっちだ!?」
 こちらが何かを言うよりも速く、密売人は天を仰ぎ自己弁護の言葉を重ねる。
「私は罪人に救いを与えてやろうと思ったんだ! 遅かれ早かれ悪魔に取り憑かれてのたれ死ぬしかない連中だ。せめて死ぬ前に救いを与えてやるのが慈悲ってものじゃないか! 悪魔堕ちしたお前に私を責めることが出来るものか! 私は罪人を救おうとした! 私は神に背いていない! 神よ! そうでしょう!?」
 密売人の目は落ちくぼみ、赤く染まりかけている。口の端から唾液が垂れ、どう見ても正気とは思えない。
 悪魔に取り憑かれてはいない。ということはこいつも薬を飲んだのだろうか。
 密売人の焦点の合ってない目がアルベルトを捕える。その表情が今度は怯えに変わった。
「悪魔! そうだお前は悪魔だ! 悪魔が私に近寄るな!」
 完全に正気を失ったのか、密売人は再びアルベルトを指さして喚く。それはどんどんエスカレートして悲鳴に近いものに変わった。
「悪魔が! 近寄るな! 来るなぁぁぁぁ!」
 その時、文字通り糸の切れた人形のように密売人はその場に倒れ伏した。そして胸を押さえ酷く苦しそうな声を上げた後、おとなしくなった。
 動かなくなった密売人の首に手を当てて脈を計る。完全に止まっている。麻薬の急性中毒で心臓発作でも起こしたのだろうか。
 遠くで九時課の鐘(午後三時)が鳴っている。
「アルベルト!」
 その時、誰かが名前を呼んだ。



「つまり、追いついたはいいけど心臓発作で死んだから捕まえた意味はないってことね」
 一連の事態を説明し、密売人の遺体を引き渡した後、アルベルトはゴールトンに提供された部屋でリゼとティリーに起こったことを説明した。
 密売人を捕まえたのはいいものの、死んでしまってはそれ以上調べようがない。これでは捜査が進展しないとゴールトンはぼやいていた。話を聞く限り、一か月前に捕まえた密売人も、捕まえた時にすでに中毒状態で、まともに話を聞き出せなかったのだという。そうこうしているうちに、薬はどんどん広まっていっている。
「ともかく、薬の拡散を食い止めないと。このままではこの街だけではすまなくなる」
 アルベルトはそう言って拳を握る。ただ危険というだけでなく、免罪符という形で売られていることで、救いを切実に欲している比較的貧しい人々が被害にあっているようなのだ。とても放っておくことなどできない状況だ。
「俺は密売人探しを手伝おうと思う。この一件に司祭が関わっているのなら。ひょっとしたら役に立つことがあるかもしれない」
「そう。頑張って」
 返ってきた言葉は思いがけず淡白なものだった。
「頑張ってって・・・リゼは薬のことどうでもいいのか? 薬が広まれば悪魔憑きも増える可能性が高いのに」
「あと一週間で出発でしょう。たった一週間で何をするの? しかもよく知らない街で。ゴールトンが解決に動いているなら、私達が何かする必要なんてない」
「船を出してくれるんだ。返礼は必要だろう」
「返礼、ね」
 礼をするべきことなのは分かってる。とくに対価も要求せず、紙切れ一枚で密航させてくれるというのだから。ゴールトンが何を思ってそうしたのかは知らないが。 
「ところでアルベルト。密売人探しを手伝うのは勝手ですけど、貴方、自分の立場が分かってますの?」
 そう言ってきたのはティリーだった。
「ゴールトン市長が何故この建物から出るなって言ったと思います? ふらっと教会なんぞに帰られたら困るからですわ」
 にこやかな笑みを浮かべたまま、ティリーは続ける。
「貴方は“悪魔祓い師”ですもの。教会の鐘につられてふらっとそっちに行ってしまうかもしれません。それで万が一、自首する気になったりしたら大変ですもの」
「そんなことは」
「仮になかったとしても、昔の同僚にでも会われたら困りますわ。懐かしくなって余計なことを喋られたら困りますもの」
「・・・・・・・」
 アルベルトは何も言わなかった。ある意味で、ティリーの心配は当たっていたからだ。
 確かに会ったのだ。昔――神学校時代の知り合いに。



「アルベルト!?」
 遠くで九時課の鐘(午後三時)が鳴っている。それに紛れて、聞いたことのある声がアルベルトの名前を呼んだ。振り返ったアルベルトは、そこにいる人物を見て驚きで目を見開いた。
そこにいたのはよく知っている人物だった。薄い水色の髪に整った繊細な容貌。その儚げな印象に反して強い意志を湛えた蜂蜜色の瞳。
「アンジェラ・・・!」
 アンジェラ・アンドレアス。神学校時代の同期の一人だった。
「どうしてこんなところに? 君は首都の教会に配属されたんじゃなかったのか?」
「・・・・緊急の要請があって今はスミルナ教会にいます。この街にいるのも仕事の一環です。それより」
 アンジェラは右手を差し出すと、小さな声で祈りの言葉を唱えた。それがなんなのか気付くよりも早く、アルベルトの後ろに光の障壁が現れる。一拍遅れて目の前にも障壁が現れ、アルベルトは閉じ込められる格好になった。
「一つ聞きます。誓願を破り、魔女の逃亡に手を貸したというのは本当ですか」
 障壁の向こうからアンジェラが問いかける。静かで冷静な瞳が、嘘も沈黙も許さないというようにまっすぐこちらに向けられていた。
「・・・・教会の命令に背いたのは事実だ。『魔女』の逃亡に手を貸したのも間違いじゃない」