Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ
拳を握り、アルベルトは怒りを滲ませながら言った。今時、こんなことをする輩がいるなんて。
「ゴールトンさん。その密売人について何か分かっていることはあるんですか?」
そう聞くと、ゴールトンは少し考えてから、引出しから書類を一枚取り出すと質問に答えた。
「今分かっていることは三つ。
一つ目。あの密売人は下っ端だ。一か月前も同じように密売人を捕まえたが、麻薬の被害は減らなかった。
二つ目。ヤクの原材料はミガーにしか生えない植物だ。原材料かひょっとするとヤクそのものがこの街に持ち込まれている。それも俺達の目をかいくぐってな。
そして三つ目」
そこでゴールトンは書類から目を離して、アルベルトの方を見た。
「密売人本人は知らんが着ていた服は本物の聖衣だった。前回捕まえた奴もな。そして、聖衣はその辺でホイホイ買えるもんじゃあない。そう簡単に盗めるもんでもないわな」
「・・・・・まさか」
まさか、本物の司祭が麻薬と免罪符の売買に関わっているとでもいうのだろうか。
ゴールトンに提供された役所の一室で、リゼは活気づき始めたメリエ・リドスを眺めていた。
大通りの露店には色とりどりの果物か何かが積み上げられ、別の店にもたくさんの売り物が並べられている。それら買い求めて、大勢の買い物客が列をなしていた。
国土の大半が冷寒帯に位置し、農業には不適なアルヴィアと比べ、温暖湿潤なミガーは恵み豊かな土地である。鉱山を多数抱え、製鉄の技術を発展させてきたアルヴィアも、土地生産性の低さから食料品は輸入に頼っている状態であるという。
「アルヴィア人はその辺りをもっと認識するべきですわ。食料品が安く買えるのはミガー王国が安く売ってるおかげですもの」
賑わう大通りを見たティリーが言った。確かに多くのアルヴィア人がほぼ全ての食事でミガー産の食べ物を口にしている。畜産物はともかく、アルヴィア産の作物は高くて金持ちか貴族しか食べられないし、安いものは大きさも味も良くなくて食えたものではない。
それを考えるとあれだけの作物を作れるミガー王国は豊かなのだろうなと思う。ここからでは遠くてよくわからないが。
「ところでゴールトンに建物から出るなと言われたけど、まさか一週間もここに閉じこもってろというの?」
部屋を提供されたのはいいものの、ゴールトンが最後に付け加えたのは『よっぽどのことがない限り建物から出るな』というものだった。理由は分かるが、外に出られないのはいささか困る。
「仕方ないですわ。いろいろ事情というものがありますし」
ティリーはどうしようもないという風に言う。リゼも別にじっとしているのが嫌というわけではないが、一つ外に出てやりたいことがあるのだ。
その時、ノックの音が部屋に響いた。
「どうぞ」
そうアルベルトが答えると、扉が開いて一人の人物が入ってきた。
訪問者は五十歳くらいの疲れた印象のある男だった。それを見たティリーが、
「ラウルさん? 何か用ですの?」
と、訪問者――ラウルに問いかけた。ついでにティリーは「市長の補佐みたいなのをやってる悪魔研究家ですわ」とリゼとアルベルトに向って説明する。
「失礼するよ。“救世主”が来たという話を聞いたんでね。あんたが“救世主”か?」
「そうよ。何の用?」
リゼがそういうと、ラウルは答えた。
「あんたが“救世主”だと証明してもらいたい。万が一悪魔祓い師だったり詐欺師だったりしたら困るからな」
「あら、本物かどうかに関してはわたくしが保証しますのに。人を見る目は確かなつもりですわよ?」
「そう言われてもな・・・・市長はあんたの身分証明書で満足しているようだが、俺達としては念には念を入れたい」
ラウルは困ったように言い、白いものが混ざった頭をかく。
「そういうわけで、あんたが使えるという悪魔祓いの術を見せてほしい。悪魔祓い師のものかどうか調べさせてもらう」
「なるほどね。断る」
そう言った途端、辺りに一瞬沈黙が流れた。あまりに早い返答にティリーとラウルが固まったらしい。
「この術は見世物じゃない。証明だろうとなんだろうと、あなた達の好奇心を満足させるために術を披露するなんてごめんよ」
「と言われても見せてもらわなければあんたが“救世主”だと納得できないんだが」
「そうですわよ! 披露と言っても貴女が悪魔祓いしているところを横からちょっと見せてもらうだけですもの。それぐらい構わないでしょう?」
「見ただけで終わらないでしょう。あなたの場合は特に」
冷たくそういうと、ティリーは一瞬沈黙し、
「そんなことありませんわ!」
と威勢よく答える。しかし今の間はなんだったというのだ。
「ともかく、あなた達に見せる気はない」
リゼがきっぱりとそう告げた時だった。
遠くで、轟音が聞こえた。
「ん? なんだ?」
ラウルが音のした方角を向いて首をかしげる。何かは分からないが、かなり大きな音だ。
「何の音だ?」
アルベルトは窓から顔を出して音のした方を見たが、ここからではよく見えない。しかし煙が上がっているようなので、ただ事ではないようだ。
「あっちは自警団の詰所じゃないか。何かあったのかな」
「詰所?」
「ああ・・・・よく考えればあそこには牢屋があるんじゃないか。収監されてる奴らが何かやらかしたのかな」
「やらかしたって・・・」
「酒に酔った若者とかが暴動を起こして捕まると、あそこの牢に一時的に入れられるんだが、前に一度だけ暴行罪で捕まった奴が脱獄しようとして、魔術をぶっ放したことがあったな」
今回も同じだろう。とラウルは言ったが、これほどの爆発が起こるなんてただ事ではないだろう。
それに、何故いま爆発が起こったのだろう。
自警団の詰所(ちなみに役場の敷地内である)に来たリゼ達は、詰所の壁の一部が崩れているのを見て、ラウルが言っていたほど大したことのない事態ではないことを知った。何をしたのかは知らないが、壁がかなり崩れていて、濃い砂ぼこりが立ち込めている。
「何があったの?」
倒れていた自警団の一人を助け起こして、リゼは問いかけた。深くはないが怪我を負った自警団員は、痛みに顔をしかめながら答える。
「昨日、街で乱闘があって、その時捕まえた奴の一人が爆弾を持っていたみたいで・・・」
「爆弾?」
「火をつけると爆発するアレです。知りませんか? まあいいや。とにかく、それで壁を吹っ飛ばしたみたいです」
「なんで爆弾なんか持ってるんですのよ? 持ち物は没収したんじゃないんですの?」
「したんですけど・・・なんで持ってたのか・・・」
そう言って自警団員は首をかしげる。どうやらこの爆発には何かあるようだ。そもそも、爆弾を爆発させたという奴は逃げたのか。こんな破壊力ではかなり離れないと危険だと思うが・・・
その時、アルベルトは砂塵の向こうに人影が動くのに気づいた。周囲の様子をうかがいながら、しばし逡巡するような様子を見せていたが、やがて人のいない方に向かって走っていく。
それは、今朝捕まえたあの麻薬の密売人だった。
「! あいつ逃げるぞ!」
「え?」
「今朝捕まえた男だ!」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ 作家名:紫苑