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小さな、未来の魔法使い

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四.


 エリスメアはがばりと飛び起きた。そこは馬車の中ではない。彼女はベッドに寝ていたのだ。宿り場に到着したのだろう。が、父母はどこへ行ってしまったのか? 少なくともこの宿の一室にはいないようだ。
 エリスメアは夢のことを想起した。あの出来事が今の自分に降りかかってきた災厄ではないこと、現実ではないということには安堵したが、彼女の目からは涙がこぼれ落ちていた。自分と同い年くらいのかわいそうなあの姉弟。百年以上前の戦争時、どうあっても抗えない戦災に巻き込まれた罪なき人々が数多くいたことを思うと、さらに涙がこみ上げてくるのだった。

 ふと、違和感を覚えた。
 彼女の感覚が示す方向――窓際へと視線をやると、そこに二人の子供が手を繋いで立っており、窓の外の様子を見ているのだった。エリスメアに対して背中を向ける格好となっており、彼女が起きたことにはまったく気付いていないようだ。
「――!!」
 エリスメアは声にならない悲鳴を上げた。あろうことか、この子供達は先ほどの夢の中に出てきた子供とそっくりなのだ。背丈といい服装といい。
 亡霊。
 とっさにその単語が脳裏を駆けめぐり、彼女は顔面蒼白になった。幸い、身体は自由に動く。彼女はそうっとベッドから抜け出すと、そろりそろり忍び足で出口へと向かった。大丈夫、幽霊達は自分に気付いていない。心の中に言い聞かせるとエリスメアは静かに扉の取っ手をひねった。
 がちゃり、と大きな金属の音。扉には鍵がかけられていたのだ。ひょっとしたら幽霊達が感づいたかもしれない! そう思った彼女は焦り、震える指先で鍵を開け廊下に出て、ばたんと音を立ててその扉を閉めた。

 先ほどとは違う種類の涙が目を潤ませる。恐怖に駆られたエリスメアは、裸足のままばたばたと杉張りの廊下を疾走し、階段を下りていった。階段の角を曲がったところで、彼女は真正面の人と衝突した。ぼふっと音を立てた後、まだ大きいとはいえない自らの身体が真後ろへと倒れていく。
「エリス!」
 彼女が体当たりした相手は、階上へ上がろうとしていた母だった。
「母さま!」
 階段に背中を打ち付けた痛さに構うことなく、エリスメアはぎゅっと母に抱きついた。堤を切ったかのように涙が次々とあふれ出る。
「どうしたの、そんなにあわてて」
 らしくない娘の様相に母は一瞬とまどったようだが、次に優しく声をかけ、娘の腰をいたわるように撫でる。
「母さまは……?」
「先生への贈りものが部屋に置いてあるから行くところよ。さっきハシュオン先生がこの宿の玄関に見えられたところなの。だからね――」
「部屋に、行くの?」
 涙をぬぐいつつエリスメアは訊いた。
「そうよ?」
 母は優しげに笑みを浮かべた。
「父さまが先生と話してらっしゃるわ。あなたは下に行くの?」
 言いつつ母は階段を上ろうとする。が、エリスメアの手が伸び、ライニィの服を掴んだ。
「……だめ」
「エリス?」
「幽霊がいるの。……部屋に」
 幽霊。エリスメアは勇気を出してその言葉を口にした。
 母はエリスメアの頭にぽんと手を置き、
「エリス、夢でも見たの? それにへっちゃらよ。そんなの」と笑った。
「でも母さま、本当なのよ!」
 声を震わせてしがみつく娘の肩を抱くと、母は言った。
「……じゃあ確かめてみる? 幽霊なんかいたって、私と一緒ならあなたは大丈夫。平気よ」
 心強い言葉をかけてくれる母と一緒ならば。エリスメアは首を縦にゆっくりと振った。
 階段を上って再び戸口に立ったエリスメアは、母の上衣をぎゅっと握りしめた。母は何ら臆することなく取っ手をひねる。ぎいっと音を立てて扉が開いていく。エリスメアは目をぎゅっと閉じ、どくどくと音を立てて鼓動する自分の心臓を感じていた。
「ほら、なにもいやしない」
 母は軽やかにそう言うと、荷物の中からハシュオンへ贈る書物を取り出しにかかった。母の背中に隠れていたエリスメアは意を決して目を開け、部屋の中をのぞき込んだ。
「……いる! ほら、こっちを見てる! 母さま!」
 エリスメアの目にはくっきりと姉弟の姿が見えていた。青みがかった黒髪と真っ白な寝間着。二人はあの夢のとおりの格好で、エリスメアをこげ茶の瞳でじいっと見つめていた。互いの手をぎゅっと握りしめたまま。
 姉弟からは邪気は全く感じない。が、『亡霊』という単語から導き出される先入観がエリスメアを再び恐怖に陥らせた。エリスメアは有無を言わさず母の手を取ると、彼女なりに力を込めて母を部屋の外へと引っぱり出し、ばたばたと廊下を駆けていくのだった。
「ちょっとちょっと、エリス?!」
 驚いた母は、ただただエリスメアに手を引っ張られて行くしかない。

 そんな騒ぎを聞きつけたのだろう。階下から父の声がした。エリスメアは声のほうを向く。玄関脇の休息室で、父は白髪の老人と向かい合わせになってソファに腰を下ろしていた。
「大変なの、父さま!」
 エリスメアは階段を駆け下りると、老人――ハシュオン卿――に挨拶するよりも先に、まず父親に声をかけた。
 娘の様子から察してただならぬものを感じたのだろう。父は優しさの中に真摯な意志を込めてエリスメアに応えた。
「エリス、先生にご挨拶!」
 母は娘に叱咤する。
「あ……先生ごめんなさい。どたばたしてしまって……エリスメアです。お久しゅうございます」
「うん、久しぶりだなエリス。ずいぶんとまあ可憐になったものだ」
 ハシュオンはエリスメアの名付けの親なのだ。ハシュオンは目を細めてエリスメアの成長を喜んだ。目尻に幾多のしわが寄る。長命種族の生まれであるハシュオンは、長いこと青年時の容姿のままとどまっていたが、いよいよ寄る年波には打ち克てず、エリスメアが生まれるほんの少し前から老いの時期を迎えていた。
 父は再度娘に訊いた。
「それで、何があったんだい? まずは落ち着いて。深呼吸、はい!」
 エリスメアは大きく息を吸い込んで、はあっとはき出す。焦る心にゆとりが生まれた。彼女は夢のことを覚えている限り話し、また起きあがってあとの出来事をすべて、本来の彼女らしく落ち着いて話した。
「幽霊だって?」
「ええ」
 父はハシュオンと顔を見合わせた。ハシュオンもまた興味深そうに、エリスメアの話に聞き入っていたのだ。
「ウェイン、この子は慰霊碑で魂の“色”を見たんです。その魂が付いてきたっていうことでしょうかねぇ?」
「君達の状況からすると、おそらくはそうだろう。まあエリスよ、まずは安心するがいい。その亡霊は悪さをするために君に付いてきたのではないのだから」
「はい。お気遣いいただきありがとうございます、先生。でも母にはあの子達が見えなかったんです」
「人間にはなかなか霊の実体を目にすることなどできない。その者と親しかったりした場合はその限りではないが。母君には見えなくても当然のことなのだよ。百年も前の魂を鮮明に見られるなどとは……むしろエリスの力に依るところが大きいだろう。“色”そのものを感じるなどは、さらに驚くべきことなのだが……」
「どうしようかなあ。僕たちの部屋に上がって見てみますか? ウェイン」
「気が合うな。私もそうしたいと思っていたところだ」