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小さな、未来の魔法使い

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 父は指先を小刻みにふるわせながら、球の表面に小さな文字を書き連ねていく。文字を書き終えたところで彼は小さな球体をつま弾く。と、黒い球はわずかにたわんだあと、伝書鳩よりも速く北方へとまっすぐ飛び去っていった。
「父さま! 今のは何の魔法なの? まさか父さままで魔法が使えるなんて……すごい!」
 無邪気な笑みの中にほんの少しの畏敬を込め、エリスメアは父の袖を掴んだ。
「あの球の中に手紙をしたためておいたんだ。ウェイン――ハシュオン先生宛てのね。なに、大陸じゃあ街角にいるまじない師でも使えるような簡単な魔法さ」
「わたし、父さまに魔法を教わろうかしら?」
「いや」
 父はかぶりを振った。
「僕程度じゃあ駄目だろう。お前はもっと――」
 言いかけて父は御者の席に着いた。
「……行こう。あともう少し行けば今日の宿りに着く。お二人さん、疲れてるだろうけどもう少しの辛抱さ」
 父は母娘に目配せして手綱を握った。エリスメアは父の言葉の続きが気になったが、これ以上父は教えてくれそうになかったので仕方なく馬車に乗り込んだ。

「今日の宿りは街道では一番大きいところさ。二、三日ゆっくりしていこうじゃないか」
 しばらくして、御者座にいる父が振り返って言った。
「でもあなた、先生へのお届け物をなにより――」
 母の言葉を父が遮った。
「あはは、ライニィ。さっきの魔法の手紙なんだけどさ、実はウェインに宿りまで来るように書いておいたんだ。彼の館は宿りからそう離れてはいないから、明日の昼には宿りにやって来るだろう。……大陸の魔法書が三冊程度だろう? そんなにかさばるものでもない」
「そうですけどねえ」
 母が口をとがらせて答える。
「ウェインディル・ハシュオン卿は、仮にもこの国の統治に深く携わってらしたお方。ご隠居なさる前は王位継承権第二位という地位についてらしたのよ? 商家《うち》とも長いおつきあいだし……あなたも私の夫なら、もっと礼節をふまえて行動するべきです! 手紙の一つで呼び寄せてしまうだなんて」
「でもウェインとは古くからの友達だし、それに彼が国の要人だったというんなら、僕なんか神様だ!」
 父は得意げにそう言って、すぐに表情を緩ませた。
「これ以上は子供のけんかになっちゃうからやめとこうか。……彼に早く会いたいって、気持ちが急いたんだ。ごめん」
「過ぎてしまったことだし、あなたが分かったのならいいんですけれどもね」
「それにほら、未来の魔法使いさまがお休みだ。宿りには温泉もある。ここでゆっくりして旅の疲れを解きほぐさないとね」
 母の横ではすでに、小さなエリスメアが安らかに寝入っていた。
「ねえ、ライニィ」
 父が真摯な口調で言った。
「もしこの子が商家を継がないとすると、誰を跡継ぎにしようか?」