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小さな、未来の魔法使い

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二.



 家族で話し合った結果、出発は二日後ということに決まった。この日の晩から早速エリスメアはわくわくしながら旅の支度に取りかかった。鼻歌を歌いつつ、持っていく服を選ぶ。往復で二週間にも及ぶ旅をするのだから、と彼女の選んだ服はこんもりと山積みになった。それを見たライニィは、身軽にしておくのが旅の鉄則なのだから服を減らすよう彼女に言った。エリスメアは口をとがらせながら、渋々荷物を減らすのだった。

 翌日エリスメアは、メイゼル家に雇われている商人が馬車に積み荷を載せ王都に向かって旅立つのを見送った。そしてエリスメアの心はいっそうはやるのだった。あのように馬車に乗って早く楽しい旅に出たい。旅支度はとうに終わり、自宅にいても暇を持てあますだけとなったエリスメアは、はやる気を逸らそうと父母の支度を手伝ったり店頭で売り子の手伝いなどをしたがそれでも気は収まらず、午後には仲のいい友達の家に遊びに行くのであった。そうして結局彼女は興奮して眠れないまま、旅立ちの朝を迎えることになってしまった。

 旅立ちの朝。ようやくエリスメアが眠りにつこうとしたとき、母は彼女を起こしにかかった。眠りたいと必死に抵抗する彼女だが母には勝てず、寝ぼけながらのそのそと着替えるのだった。
 使用人二人と一緒に朝食を済ませたあと、両親はすぐ出発の支度にかかった。父は小荷物を背負い、母は鞄とかごを手にしている。エリスメアも自分の荷物を背負って玄関を出て行った。そして出立を見送る使用人達に手を振って別れたあと、馬車の駅へと向かうのだった。
 使用人が気を利かせて駅馬車を予約していたため、一家は間違いなく馬車に乗り込むことができた。ライニィとエリスメアは箱馬車に乗り込む。帯剣している父は御者の隣に座り護衛を買って出た。
 ことん、ことん、と車輪から振動が伝わってくる。微弱な揺れと、窓を通して差し込んでくる陽の光が眠気を誘う。椅子に深く腰掛けたエリスメアは、いつしか夢の世界へと赴くのであった。

 島の東端の港町からエリスメアが暮らすカラファーを経て、西端に位置する水の街に至るまでは街道が整備されている。それに、旅人が宿泊できるようにと街道の要所要所には宿りがある。
 一日目は進路を南西にとり、昼過ぎに宿りで小休憩を取った。急ぐ旅ではない。一家は馬が十分休まるのを待ってから再び馬車に乗った。徐々に、徐々に丘陵地を上っていくようになる。馬車の前方――南に見えているのは緑多いセルの山々。家族は山越えを前にしてこの日の旅を終えた。
 二日目は西へと道を転じ、セルの山々を越える。かつては乗客も馬車を降りて後押ししないと登れない箇所があるなど険しい道だったのだが、街道の経路が見直され整備された今ではそれほどでもない。馬を休めるために何度か休息をとっただけで無事山越えは終わった。
 三日目になり、エリスメアは身体の節々が痛むのを感じた。二日間も馬車に乗りっぱなしでは疲れがたまる。ここセルの山地から西に広がる丘陵にかけては羊飼い達が大勢暮らしており、そこかしこで草をはむ羊の姿があった。タール弾きたるエリスメアの父は、のどかな曲を歌い、また弦をつま弾く。牧歌的な雰囲気をただよわせる丘陵地を下ったところにある宿りで、一家は早めに身体を休めることにした。
 四日目の出立はやや遅めだった。ここから西に向けて大平野が広がっている。馬は足取りも軽やかに馬車を引っ張っていくのだった。

 そして五日目を迎えた。昼も過ぎ、街道に沿って馬を進めていくうちに、平坦な道沿いに大きな石碑が建てられているのが見えてきた。母の横で浅い眠りについていたエリスメアはふと目を覚まし、窓から外の様子を眺めた。学校でこの島国の歴史を学んだエリスメアは、あの石碑がなんなのかを知っている。“ウェスティンの戦い”の慰霊碑だ。石碑の前にはまだ摘んだばかりの花束が捧げられているほか、戦没者を慰める茶類がグラスに入って置かれている。
 百年以上昔のことになるが、ちょうどこの地では大きな合戦があったのだ。万に及ぶ人々の血が流されたというこの戦争について、ディトゥア神族ゆえに長命な父は身をもって知っており、沈痛な面持ちで慰霊碑を見つめていた。
「馬車を停めよう。黙祷を捧げてからまた馬を進めよう」
 父はこう言い、親子は馬車から降りて石碑の前に立った。母は荷物から香茶《こうちゃ》の入った水筒を取り出し、小さな茶飲みに注ぐと石碑の前に置いた。そして三人はしばし黙祷を捧げた。迷える魂がもしまだいるのならば、無事死者の国である“幽想の界《サダノス》”へとおもむき、かの地で安らかに暮らせるようにと。
 エリスメアも両親と同様に目を閉じて、浄化の乙女ニーメルナフに祈りを捧げていたが、ふとある奇妙な感覚に気付いた。目を閉ざして何も見えないはずの視界の中央で、色を有する小さなイメージが浮かんでいるのだ。閉ざされた視界の色が曖昧な灰色や黒色だとすると、そのイメージは鮮明に“色”を――何色とは一概に言い切れないが――放っている。だがエリスメアが意識的に見つめようとすると、その像はかき消されてしまう。
(何なんだろう、一体?)
 意を決し、エリスメアはぱっと目を開けた。目の前にあるのは大きな慰霊碑。その左側に何か気配を感じた。エリスメアがそちらの方を向くと何か影のような気配が一瞬だけ見え、そして消えた。
(まさか……幽霊?)
 彼女は不安そうな面持ちで両親を見上げたが、彼らはまだ黙祷を捧げている。エリスメアは少々おびえながらも両親と同様再び黙祷を捧げた。今度は視界にイメージが入り込んでくることはなかった。
「よし、行こう」
 父は小さな声を発して母娘に出立をうながすと、石碑に置いてある花束のうち枯れているものを手に取り、馬車に向かって歩いていった。
「あの、父さま?」
 エリスメアは父を呼び止めた。
 父は振り返って娘の言葉を待つが、結局エリスメアは先ほどの出来事を告げるのをやめた。
「……ん、なんでもないの。ごめんなさい」
「“色”に気付いたのかい?」
 父の思いもかけない言葉に、エリスメアは驚愕した表情で父を見上げた。一方で母は――おそらく普通の人間は――エリスメアと父には見えている“色”が見えていないのだろう。きょとんとしたまま二人の会話を聞いている。
「父さま、あれは何なの?」
 エリスは不安な面持ちで、父と石碑とを交互に見やる。
「怖がらなくても大丈夫。あれが見えたとしてもお前には何もしやしないよ」
 父はにっこりと笑い、娘の金髪を愛しげに撫でた。
「たいした素質だ。やはりこれはいち早くウェインに伝えるべきだろうな」
 父は優しげで真摯な眼差しを娘に向けて問うのだった。
「エリス。お前は魔法使いになりたいんだったっけね?」
「はい!」
 エリスメアはきっぱりと言い切った。
「……ふむ」
 父は癖のある金髪を手で掻きあげ――おもむろに“ことば”を発した。左の人差し指を一本まっすぐ差し出すと、指先にしゃぼん玉を想起させる小さな黒い球体ができあがった。
「わあ……」
 エリスメアは感嘆した。父が魔法を使うところを初めて見たからだ。