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そして、二人の旅のはじまり

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 航海図を見ていたこわもての船長は、ずぶ濡れとなった二人の客を船長室に暖かく迎え入れた。
「どうなさいましたか? どなたか病気になられたとか?」
 船長は顔に似合わず腰が低く世話好きなようだ。二人を椅子に腰掛けさせるとそう訊いてきた。船長自身、つい先ほどまで陣頭指揮に立っていたのだろう。外套はびっしょりと濡れ、短く刈り上げた髪や黒いあごひげも湿り気を帯びている。
「いえ。この船に魔法使いは乗っていないと水夫さんから聞きましたもので、あたしの力でお助けができるんじゃないかなと思ったんです。あたしはウィムリーフ。“風の司”です」
 それを聞いた船長はおお、と唸った。
「“風の司”がいるとはありがたい! ……今は我々船員が必至で船を操っているが、ご覧のとおりこの嵐はなかなか手強い。もしあなたが風を鎮めることできるというならぜひ、こちらとしてもお願いしたいです」
「ここの風が、あたしの言うことを聞いてくれるかどうか分からないですけど、やってみる価値はありそうですね。……じゃあさっそく、風に呼びかけてきます!」
 ウィムリーフはそう言って立ち上がり、船長室を後にしようとした。ミスティンキルはやや遅れて立ち上がり、ウィムリーフの後を追う。
「どうするっていうんだ? ええと、ウィム」
「言ったとおりよ。風に話しかけてみる!」
 彼女はそう言って扉を開けるやいなや――右足を蹴り上げて飛び上がった!
「え……飛んだ?!」
 あっけにとられたミスティンキルは上を向いてウィムリーフの姿を追った。ぐんぐんと舞い上がっていくウィムリーフの背中に時折ちらりと光るものがある。話に聞いたことがあるアイバーフィンの翼だ。物質的なものではないために普段は見えもしないし触れもしないが、この“翼”を広げて空を舞う時、時折羽根が光って見えるのだ。
「さすがは翼の民、アイバーフィンだな。この横殴りの風をもろともせずに飛んでいけるとは」
 船長がそう言いつつ表に出てきた。
「こりゃあ俺たち船乗りもさらに頑張らなきゃならんな!」
 船長は張り切って、船尾にいる水夫に号令を出すべく走っていった。

 一人残された格好となったミスティンキルは、再度空を見上げた。ウィムリーフは船の一番高いマストの上あたりで静止し、宙に浮いている。その表情はよく見えないが、叩きつけてきている風と雪から真っ向から対峙している。強い決意めいたものが彼女から感じ取れた。ウィムリーフはしばしの間前方の空を見据えていたが、やがて首をかしげるのだった。
「どうだ? なんとかなりそうなのか?」
 ミスティンキルが大声で彼女に向かって言った。
「うーん、どうもねえ! ほんの少し風と話をすることは出来たんだけど……あたし見くびられてるみたいで、素直に聞いてくれないのよ」
「じゃあ、駄目だってことか?」
「まだやってみる! 今度はあたしの“力”を強く出して、交渉してみるわ!」
 ウィムリーフはそう言って再び前方の空間を見据えた。そして――彼女の全身から、青い色が放射状に放たれた。
「……おれと同じだ……!」
 ミスティンキルはひとりごちた。自分と同じ、ということ。ミスティンキルも感情が荒ぶった時、まれにこういった色を発することがあったからそう言ったのだ。彼の持つ色は“ミスティンキル”という名前が示すとおり、まったき赤であった。ウィムリーフの青と、ミスティンキルの持つ赤。よくは分からないが、自分の冴えた感覚が彼自身に、双方の力の根元は一緒であると告げている。
 ウィムリーフの青い力に呼応するかのように、ミスティンキルに内包された赤い力のかけらが、ふわりと浮かび上がってきた。
「おれと、同じだ……」
 再度、確かめるように言う。
 ミスティンキルは手のひらほどの大きさを持つ赤い光を見つめて、あらためてそう言うのだった。やがてその赤い玉は彼の胸の中へとすうっと戻っていった。