そして、二人の旅のはじまり
一方、青い光はウィムリーフの胸の辺りに収束すると、天井めがけて矢のごとく鋭く立ちのぼっていった。青い光の矢は上空にたれ込めている暗雲に突き刺さり、その雲を青く光らせるのだった。
「よし!」
ウィムリーフが自信ありげに言った。風の精霊とどのようなやりとりがあったのかは当の本人でないと分からないが、どうやら彼女の思いどおりに事がうまく運んだのだろう。心なしか彼女の顔がややほころんでいるかのようにも見える。叩きつける風が、徐々におさまっていく。
「やったわミスト! この空域の精霊がちょっと頑固者でね。『ひよっこの言うことなんて聞けない!』なんて言うもんだから、ちょっと魔力を出してあたしの実力を見せてあげたの!」
ゆっくりと舞い降りながら、ウィムリーフは話しかけてきた。びしょぬれになった顔はやや青ざめても見えるが、その表情はひとつのことを成し遂げた達成感ゆえに喜びに満ちていた。
「魔力……? 今の青い色が、魔力だって? あんた、魔法使いなのか?」
「世間一般に言ういわゆる魔法使いじゃないけどね。あたしは、風の力に特化した“風の司”だし、それに本業は冒険家なの。……まだ駆け出しだけどね。あなたも……強い魔力を持ってるのが分かるわ。ひょっとして“炎の司”?」
“炎の司”。“炎の界《デ・イグ》”にて試練を乗り越えたドゥロームに与えられる称号だ。文字どおり、炎を操るすべを知り、かつ龍のごとく空を舞うこともできるようになる。加えて、ドゥロームの中において一目をおかれる存在ともなるのだ。ミスティンキルは“炎の司”という地位が欲しかった。自分を追いやった連中を見返すためにも。
「そうだな……。おれは、“炎の司”になりたいんだ。その試練を受けるために、こうして東方大陸《ユードフェンリル》へ向かっている。そして、聖地とか言われるデュンサアルに行って、“炎の界《デ・イグ》”へと入る」
聞いたウィムリーフは目を丸くした。そして、おずおずと尋ねてくる。
「……あの。あたしもその旅に同行していいかしら? 迷惑だったらいいんだけど……まさかドゥロームの聖地に行く人がいるなんて思いもよらなかったものだから。冒険家のたまごとして、できれば聖地の情景を冒険誌に書きたいの」
ミスティンキルはしばし腕を組み考えた。一人の旅には慣れているし、気楽だ。しかし、彼女が今し方見せた青い力にも興味があった。自分と同じ力を持つ人間がいるとは――。彼にとってそれは衝撃的なことだった。加えて言うのならば、異性としての彼女に徐々に惹かれてきているのがミスティンキル自身分かった。孤独という名の固い壁を、“力”に対して理解のある彼女ならば打ち破ってくれるかもしれない――。
「わかった」
ミスティンキルは一言、やや無愛想でありながらも決意した。そんなミスティンキルに対し、ウィムリーフはそっと手をさしのべてきた。
「それではミスト。この船旅だけじゃなくて、ちょっと長いことになりそうだけれども、よろしくお願いするわ!」
青い瞳がじっと赤い瞳を見つめ、そして笑う。ミスティンキルは彼女の凍えた手を握りしめた。
二人の旅は、こうして始まった。
風が止む。雪は彼ら二人の旅を祝福するかのように、上空から優しく降ってくるのだった。
【了】
作品名:そして、二人の旅のはじまり 作家名:大気杜弥