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赤のミスティンキル

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「今日はここで野営しようと思うのよ。ちょっとばかり早いけれどね。しっかり休んで、明日は早起きして出発して――いよいよ目的地に乗り込むのよ!」
 握った拳に気合いがみなぎる。ウィムリーフはたいそう嬉しそうだ。
「ありがとう。二人のおかげで、冒険はとうとう山場を迎えるわ……。そりゃあさ、最初の予定どおり空を飛んで行ければ御の字だったけれどね」
「違えねえな」
 ミスティンキルは笑う。おかげでずいぶんと苦難の道を歩んだものだ。
「まあそこは、冒険らしい冒険ができたと思って前向きになりましょう」
 そう。達成感もまたあった。今回の冒険行で得た経験は間違いなく、これから先の冒険に活かされるに違いない。オーヴ・ディンデに入れるかどうかに関わらず。
 ミスティンキルは大空を見つめる。見渡すかぎりの蒼が続く空。そして雄大な山、木々の緑と乳白色の塔があるこの風景に、一行の心は洗われる思いだった。




(二)

 それから半刻ほどの間、横になって仮眠を取ったのち、三人はいよいよ行動を開始した。ヌヴェン・ギゼの探索だ。

 正面の壁は継ぎ目が巧妙に隠されており、入り口らしきものは見当たらなかった。屋内と唯一繋がっているのは湖に至る水路だが、人が入り込める大きさではない。一行は塔の周りをぐるりと廻ってみることにした。
 最初の角を曲がると、離れたところに石造りの廃墟を発見した。窓から中の様子を覗いてみると、屋内はぼろぼろに朽ち果てているが、幾人かが居住できるつくりになっているのが分かった。塔と関わりを持つ人間達がここで生活していた証だ。
 道を戻り、また塔の入り口を探す。次の角を曲がって建物の背面部に出ると、壁面が大きく崩れているのを発見した。
「見て。あそこから入れそうね」
 ミスティンキルも頷いた。

 近づくにつれ、壁の崩落がかなり大きいことが分かった。巨大な生物の出入りも容易いだろう。
「竜の巣。ここがそうだったのね」
「するってえと、勲《いさおし》にあるカストルウェン達の竜退治。あの話は本当だってことか。……にしても、ここで竜とやりあったのかよ。魔法無しでよくやるぜ」
 一週間ほど前に竜と空中戦を演じたミスティンキル達は、あの獣の躯の大きさと頑強さがどれほどのものか身をもって知っている。ここにいた竜は巣を作るに際して、この堅牢な塔の壁に体当たりして突き崩したのだろう。
(今、また竜が巣くっていたら……)
 ミスティンキルの脳裏に一瞬不安が頭をよぎるが、すぐに思い直した。たとえ竜がいたとしても、今の自分達の敵ではない。すでに“竜殺し”の名を勝ち得た身なのだから。むしろ――
「塔の主《ぬし》っていうのがもしいたとして、それが竜だったりしたら――塔の探索は諦めてオーヴ・ディンデへ向かうわ。力は温存しておきたいもの。力を使うとしたら、それはここじゃない」
 ウィムリーフが小声で言った。ミスティンキルも彼女と同じことを考えていた。
「そうだな、賛成だ」
「先ほどから内部の気配を探ってはみたが、竜の気配はわしには感じられんぞ」
 アザスタンの助言をウィムリーフは傾聴し、頷く。そして目を閉じて耳をそばだてた。彼女は“翼の民”アイバーフィン。風を操るがゆえに耳ざといのだ。そして彼女の聴力は、竜のような巨大な生き物の息づかいを感知しなかった。
 まだ油断はならない。ウィムリーフはそうっと頭を突き出して中の様子をうかがう。窓らしい窓はない上に、(当然ではあるが)明かりは灯っていない。そのため内部は暗く虚ろな空間が広がっている。静寂のみがそこにはあり、竜が生息しているという気配は微塵も感じられない。竜達はずっと前から――もしかするとカストルウェン達が討伐してからこのかた、この地域にはいないのかもしれない。
 ウィムリーフは振り返った。
「大丈夫。入るわ」
 ミスティンキルとアザスタンは同意する。三人はがれきを上り、塔内部へと入っていくのだった。

◆◆◆◆

 入り口付近からはわずかに光が差し込んでいることもあって、石造りの床のところどころに雑草が茂っているのが見える。先頭のウィムリーフが飛び降りて軽やかに着地する。ばさばさ、かさかさと、暗がりの中でかすかな気配が動き回ったかと思うと、またしんと静まりかえった。
 三人は顔を見合わせる。獣特有の匂いが漂っているので、塔の内部はなにかしらの小動物のすみかとなっているのだろう。この程度なら問題ないと判断して、ミスティンキルとアザスタンが塔の内部に侵入する。大柄な彼らは音を立てて着地した。かさかさという気配こそするものの、その主は姿を現そうとはしない。
「……明かりを付けましょう。ミスト、魔法の明かりをお願いできる? たいまつ程度の明るさでいいわ」
 ウィムリーフが小声で言った。
「……いいのか? でっかい化け物が壁にベターっと張り付いてたりしてな」
「ちょっと、嫌なこと言わないでよ!」
「あと、天井にこうもりがずらーっと――」
「やめなさい!」
 ミスティンキルの軽口にウィムリーフは顔をしかめた。ミスティンキルはへへっと笑って人差し指を掲げると、指先に炎を灯した。魔力によるその火の玉を頭上あたりまで上昇させる。すると、おぼろげながら内部の様子が見てとれるようになった。

 一行はぐるりと周囲を眺める。塔外部は意匠を凝らしたつくりとなっていたが、その内部は打って変わって簡素なつくりとなっている。四方の平滑な壁面がそのまま頂上へと伸びている。階層の区別はなく、また壁の仕切りもいっさいなかった。言うなれば空っぽの構造だ。
 ただし、外へ流れる水路付近を見ると、硝子の欠片のようなものが大量に散らばっている。塔の上部から下部にかけて、かつては何かしらの構造物があったという痕跡だろう。竜が巣穴で暴れた際に構造物を壊してしまったのかもしれない。残念なことに今のこの状態は、塔本来の姿ではないのだ。
 ミスティンキルは炎をゆっくりと上方へ昇らせてみる。こうもりか、はたまた鳥類か、時折翼を持つ生物が映し出される。彼らに敵意はないようだ。
「ミスト、あれ!」
 不意にウィムリーフはミスティンキルの袖をつかみ、上方を指さした。何かがきらりと光ったのだ。ミスティンキルは炎を明るくして、さらに真上へと昇らせる。そうして塔の天井あたりまで至ると――
 “それ”が天井の四隅から伸びた鎖で宙づりになっているのを見た。青みがかったその立方体。“それ”はまるで――

「“封印核”?!」
 信じられない、とばかりにウィムリーフは両手で口をふさいだ。その立方体はわずかながら魔力を内包しており、なにより月の世界で目の当たりにした“封印核”を想起させるものだったのだから。天井に吊されている立方体――“魔導核”は、この魔導塔の構造において、要《かなめ》となるものだと推測できた。
「……でも、月のやつとは違うか……?」
 ミスティンキルは訝しんだ。月の“封印核”はこの世ならざる物質で構成されていたし、もっと大型だった。なにより“封印核”にはシャボン玉を象った膨大な魔力が凝縮されていた上、“彼”がいた。“大魔導師ユクツェルノイレ”が――
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥