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赤のミスティンキル

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 強烈な光が止む。もうもうと土煙が立ちこめるその中心地点に、果たして神獣は威風堂々と立ちそびえていた。
 馬ほどの躯体。純白の豊かな毛並み。豹のようにしなやかで力強い四肢を備えた、翼のない一角獣、エウゼンレーム。顔立ちは馬ではなく、鼻面のない龍のようにも見える。神々しい気配を発するこの存在は首を動かし、喚び主の所在を確認した。エウゼンレームとハーンの視線が交錯する。青い瞳を持つ神獣は、特徴的な細長い目をさらに細めた。

「エウゼンレーム。よく召致に応じてくれたね」
 ハーンは穏やかな口調で語りかける。そして両腕を大きく左右に開き、歓迎する意志を示した。エウゼンレームはすうっと頭を垂れ、恭順する姿勢を取った。ハーンはエウゼンレームの元まで行くと、気高い獣の角を二度三度なで上げた。
「……よし。僕が君を喚び出したレオズス。で、こちらの娘が僕の子、エリスメアだ」
 心の奥底まで見透かすような厳格な眼差しで、神獣はエリスメアを見据える。エリスメアは目を背けず、ぺこりと神獣にお辞儀をした。彼女の動作が堅いのは緊張しているからだろう。
「君にはこれから僕達二人を乗せて、南東の――魔導王国があった島へと飛んでいってほしい。いいね?」
 それを聞いてエウゼンレームは静かに四肢を落とした。自分の背中に乗れ、というのだ。ハーンとエリスメアは頷くと、神獣に騎乗した。
「……エリス、しっかりと彼の身体に掴まっていて。たぶん、想像できないほどとんでもない速さでかっ飛んでいくだろうからね!」
「はい!」
 エリスメアは顔をこわばらせたまま応えると、ぎゅっと神獣の背中にしがみついた。ハーンもエウゼンレームの首に手を回して身体を固定する。
「よし、行こう! エウゼンレーム!」
 ハーンはぽんぽんと、と神獣の首を叩いた。

 エウゼンレームはすっくと立ち上がり、猛然と丘を駆け上り始めた。この時点ですでに馬の速さを凌駕している。そして丘の頂に至るとエウゼンレームの四肢は力強く大地を蹴り上げ――天空向けて飛び上がったのだ。
 上空目指して、神獣はぐんぐんと速度を上げつつ走っている。集中していないと意識が後方に置いていかれそうな、とんでもない加速だ。このままではすぐにハーンの手にも負えなくなるだろう。
「エウゼンレーム! 人が乗ってるからね、あまり速くしないでいいよ。そうだな、ええと、ハヤブサ程度――あ、いや、それよりもっと遅くていい。そんな程度の速さを上限としてくれないか?」
 慌ててハーンはエウゼンレームに命じた。
 エウゼンレームは大気を蹴飛ばしながら、それでもなお勢いを緩めない。前方からの凄まじい風圧が、騎乗している二人に襲いかかる。が、それはすぐにエリスメアの風よけの術で防がれた。神獣も強烈な加速を止めている。奇妙な静寂に包まれ、エウゼンレームは空を駆るのだった。

 目指すは南東のオーヴ・ディンデ。とうの昔に滅びた魔導王国の中枢部。その、まだ見ぬ地へと二人は思いを馳せる。何事もなければ半日程度で辿り着くのではないか。ハーンもエリスメアもそう思っていた。






作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥