小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤のミスティンキル

INDEX|9ページ/103ページ|

次のページ前のページ
 

「おれたちドゥロームも、あいつの種族も寿命はさして変わらないって聞いてるからな。実のところはウィムだって、成人して間もないらしいけどな」
 ミスティンキルにそう言われても、歳の離れた妹のように捉えていたはずの人間が、じつは自分よりも年上だった事実はワジェットにとってやはり衝撃が大きかったようである。
「俺は長いことドゥローム相手にも商売をやってるから、あんたが実際は俺より年上かもしれないってのは想像がついたけど……アイバーフィンにお目にかかったのは今回がはじめてだったんだよなあ……そうかぁ、五十五かあ」
「……まあいいや。おれたちの呼び方自体は、あんたたちが今まで呼んでたとおりで構わねえよ。ウィムもおれと同じ意見だろうし。けど、あんましあいつの前で歳を話題にしないほうがいいけどな」
 先ほどと立場が逆転し、やや気落ちして肩を落とすワジェットを今度はミスティンキルが慰めることとなった。

「そういやさ、あんたがおれんところに来たってのは何でなんだ?」
 言われて、ワジェットは本来の目的を思い出した。
「ああそうだ! 朝飯が出来たってんでこっちまで知らせに来てやったら、旦那がぐうすかと心地よさそうに寝てたんだったよな。仕事ほっぽってよ!」
 ワジェットの言葉は明らかな軽口。ミスティンキルは笑いながらも肩をすくめてみせた。
「ああ、悪かったって。ウィムは何してるんだ?」
 この場所から少し離れたところにある旅商達の天幕からは、朝げの煙が立ち上っている。しかしミスティンキルの旅の相棒であり心を許せる恋人――銀髪の娘、ウィムリーフはどうやら今朝の炊事に携わっていないようだ。
「嬢ちゃんは……ほら、空飛んでるよ。久しぶりに緑の草原が見れて嬉しいんだろうな。髪を染めちまったことの気晴らしってのもあるんだろうけどな。……まあもうじき降りてくるだろうさ」
 ワジェットが指さした方向――すぐ真上の空にはウィムリーフがいた。まるで鳶《トビ》が滑空をする時のように、両の手を広げてゆっくりと漂っている。彼女の背中からは時折、かすかに光が放たれる。その様は彼女の均整のとれたすらりとした体に相まって、まるで翼をまとった天の使いであるかのよう。眼下に広がる丘陵地と、南に連なる山々。その光景とはさぞかし心地のいいものなのだろう。
「さあ、飯を食いに行こうぜ。腹ごなしが終わったら出発だ! 三週間が過ぎちまったけど、もうあと一週間の辛抱だ。そしたら旦那たちの目的地、デュンサアル山に着くからな!」
 ワジェットはそそくさと旅商の天幕へと向かう。ミスティンキルもまた、天を舞う娘に声をかけたあと、護衛用の槍を片手にして朝食の場へ向かっていった。

◆◆◆◆

 アリューザ・ガルドに住む人間は大きく四つの種族に分けられる。短命なバイラル族が国家を興し、アリューザ・ガルド全土に渡って勢力を誇る中、他の三種族は慎ましやかに暮らしていた。
 ドゥローム族もまたしかり。
 アリューザ・ガルドにおいて彼らは炎の加護を受ける人間である。彼らは長命種であり、短命なバイラル族が三世代を終える頃に、ようやくドゥロームの一世代が“幽想の界《サダノス》”へ向かう眠りにつく。
 “炎の界《デ・イグ》”への試練に赴き、“炎の司”として認められたドゥロームは龍の翼をその背に得る。この翼は物質的な存在ではないため、アリューザ・ガルドでは目にすることが出来ない。
 なにより、彼らの特徴として特記すべきは龍化。おのが持つ力を龍王イリリエンに認められれば、その身体を龍と化すことが出来るのだ。ただし、今までの歴史の中でも、龍となれたドゥロームはごく少数に限られているというが。

 故郷から体よく追い払われたミスティンキルが目指しているのは、ドゥロームの聖地デュンサアル山である。炎の界との繋がりが最も密接とされているこの地から“炎の界《デ・イグ》”へと赴き、“炎の司”の資格を手に入れること。これこそがミスティンキルが望むことであった。自分を追いやった親族に対する、彼なりの復讐でもある。

◆◆◆◆

 ミスティンキルはもともと、アリューザ・ガルド南部、ラディキア群島のとある小島の出身である。彼の父は、その海域をなわばりとする漁師の長であり、ミスティンキルは次男として生まれた。
 “ミスティンキル”とは古い言葉で「まったき赤」の意であるという。持って生まれた真紅の瞳から付けられた名だ。
 瞳に宿す赤は美しく、深い。その瞳がすべてを見通すかのように澄み渡っているようにすら見受けられたので、得体の知れない力を秘めているのではないかと両親は期待し、また畏《おそ》れた。
 体格に恵まれたミスティンキルは父親の漁の仕事もよく手伝い、時として父親以上の釣果をあげることすらあったし、近所の島に住むバイラルの若者達とも親しく、彼らからよく大陸の華やかさを聞かされていた。

 だが、少年期も過ぎ去ろうとしていた頃に持ち上がったのが跡継ぎの問題である。ミスティンキルの兄は、ミスティンキル以上に両親の寵愛を受けていたが、こと漁の腕前に関してはミスティンキルのほうが一枚上手であった。
 バイラルの漁師仲間はミスティンキルをぜひ跡継ぎにと両親に推したが、ミスティンキルの親族とさらには両親までもがこぞって異を唱えた。あくまで後を継ぐのは長子である、と彼らは主張したのだ。
 ドゥロームの言い分はいちおう筋が通るものであり、ミスティンキルを推す漁師達も渋々納得したため、次期首領には兄がおさまることになった。しかしなによりドゥローム達はミスティンキルに内在する底知れぬ力を恐れたのだ。
 ミスティンキルは波止場で商売をするまじない師のように、魔法らしきものが使えていたのだ。それも、呪文の詠唱すらせずに。

 大きすぎる力は時として災いを呼び寄せるという。
 事実、歴史上においても力に魅せられたゆえに災禍を招いた例というのは数知れない。
 大いなる力を秘めた若者は、その力ゆえに徐々に疎んじられるようになっていった。成人も間近に迫った頃、ミスティンキルはついに、生まれ育った島をあとにすることを決意する。後継者候補であった自分がいなくなれば漁師同士の密やかな確執も無くなるだろう。何より親族が自分に対して向ける羨望や畏れ、特殊な者として仲間はずれにしようというような冷酷な雰囲気が堪えた。
 別れの晩餐はひっそりと、数人のドゥロームの友人とバイラルの漁師仲間によって催され、明くる朝ミスティンキルは西方大陸《エヴェルク》へと向かう船に乗り込んだのだった。両親から餞別として贈られたのはなんの皮肉だったろうか。ミスティンキルの瞳の色――赤く染まったそれは、ラディキア特産の赤水晶《クィル・バラン》であった。これを売ればどこでも土地を得て暮らしていくには十分すぎるほどの額を得るだろう。しかし、波止場には親族はもちろんのこと、兄も両親もついに姿を見せなかった。
(あんたたちが疎んじた力とやらを、おれは自分自身のものとしてやる! 龍にだってなってやるさ! そうして龍と化したおれの姿を見せつけてやるんだ!)
 船上、徐々に霞んでいく故郷の島を見ながらミスティンキルはそう決意したのだった。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥