小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤のミスティンキル

INDEX|71ページ/103ページ|

次のページ前のページ
 

§ 第三章 朱色のヒュールリット



(一)

 ウィムリーフは気分が高揚してくるのを実感していた。きっと前を見据える。

 彼方より飛来するは龍。その名を朱色《あけいろ》のヒュールリット。
 九百年以上の昔、眠れる龍達を覚醒させて魔導師ディールの軍勢を助け、海上の魔法障壁を突き破って邪悪な魔導師の軍勢を次々と打ち破り、ついには魔導王国の王すなわちスガルトをディールと共に討ち果たした、伝承に詠われる存在。

 おのが右に立つは龍。その名を守護者アザスタン。
 千五百年もの古、冥王降臨の暗黒時代においては、龍王イリリエンおよび龍達と共に“魔界《サビュラヘム》”に乗り込み、墜ちた同胞である黒龍《イズディル・シェイン》らや多くの魔族を葬り、また龍王をよく助け、のちに龍王の守護者となった伝説の存在。

 この両者が今、運命を背負った自分達のもとに集まろうとしているのだ!
 自分は冒険家の道を選んで、本当によかった。
 だが同時に、ウィムリーフは気分を抑え、努めて冷静になろうとしていた。ヒュールリットは味方ではない。少なくとも今は。ことの次第によっては、もしかすると敵に回るかもしれない存在なのだ。
 また話し合う間もなく、戦いに突入したらどうなるのか? 自分とミスティンキルがいかに強大な力を得たからといって、果たして龍に太刀打ちできるかどうか分からない。龍の有する魔力は人間とは比べものにならないほど膨大だ。
 アザスタンはどうか? ウィムリーフは横を見た。
 折しもアザスタンは咆哮を放って周囲の空気をおおいに震わせる。空気は球状に歪み、内部のアザスタンが見えなくなった。やがて空気の歪みは消え失せて、空間の向こう、アザスタンは本来の巨大な蒼龍の姿へと戻っていた。
(やっぱりアザスタンは、あたし達の味方だわ)
 口もとをにこりと笑わせ、ウィムリーフはかの龍への親しみをいっそう強く感じるのだった。
 そして――。

「さあ、来たぜ!」
 ミスティンキルの言葉どおり、ヒュールリットは空気をつんざくような凄まじい速度でこちらに辿り着かんとしている! “風の司”である自分すらとうてい及ぶものではないその速さ。龍が本気で空を駆るとこんなにも速いというのか。二言三言、ミスティンキルと言葉を交わすうちにもこの小島に到来してしまうだろう。

 そう考えているうちにも、あの巨大な顔の輪郭が明瞭に分かるまで接近してきた。龍王イリリエンやアザスタンとはまた異なる、しかし龍ならではの尊厳をもった朱の顔。後方に長く突き出た二本の角はともに白く、龍の巨躯が持つ美しい朱を際だたせている。
 と、ヒュールリットがこちらに向けて口を大きく開けた。その口内の奥の奥、ちろりと赤い火の玉が見えた。
(――炎!!)
 互いの距離が二ラクほどにまで接近した今、あの龍は灼熱の炎をほとばしらせようとしている! ウィムリーフがそう感じるが早いか、彼女は無意識に左の腕を前方に突き出して手のひらを広げた。
「壁よ!」
 彼女は魔力の放出に伴って一瞬の脱力を感じた。先に得た魔導でも、もともと内包する風の力でもいい。なんとしても龍の炎をくい止めなければ! 現に今、緋色の業火は放たれたのだ!
 刹那、自分達とヒュールリットとの真ん中に、炎の疾走をくい止めるべく盾が発動されたのを知った。ちらと、その薄く透明な膜の中心部から赤く鋭い点が放射状にさっと広がり、各々は稲光のような線を描いて盾の端で消える。
 赤。
 この盾はミスティンキルが発動させたものなのだろうか? 自分のものではないのだろうか?
 考える間もなくヒュールリットの炎は障壁に突き当たり、やがて消えた。

◆◆◆◆

 今や、四者に緊迫感はなくなった。
 ややあって、落ち着きを取り戻した空気の中、ヒュールリットはゆっくりと身体を進ませ、魔法の障壁を突き破った。
【事なきを得たか】
 ウィムリーフの横上方からアザスタンが声を出した。
【ともあれウィムリーフ、あれは威嚇のための炎よ。あの勢いでも、我らの寸前で炎は消えていたろう。ミスティンキルが何もせずともな】
 アザスタンの言葉にウィムリーフは一瞬、ちらと嫉妬を覚えるのだった。やはり自分には魔導は継承されていないというのか――?

 ヒュールリットはさらに進み磯辺の上空までやって来ると、両の翼をぴんと横に張ってゆっくりと降り、大きく翼をはためかせて三者の前方、四分の一ラクほどの距離にて滞空した。
【よもやデューウ《はらから》がいるとは。思いもかけないことだ】
 ヒュールリットは言葉を発した。
【警告はした。デューウよ。そして人の子よ。なぜこのような地にまでやって来た? この先に何があるか、知っておるのか?】
「朱色のヒュールリット! 我ら二人は月にて、失われし魔導を受け継いだ者。褪せつつあった世界の“色”を元に戻した者。そして“炎の界《デ・イグ》”においては龍王様のご尊顔を拝し奉った者。――ここより南にラミシスの島があるのは承知。邪悪とはいえ魔導の発祥となったラミシス遺跡へ赴きたいという願望ゆえ、ここまで来ました!」
 凛と。ウィムリーフは声を張り上げた。




(二)

 ウィムリーフは朱色の龍《ドゥール・サウベレーン》をじっと見つめた。自らの決意のほどを伝えようと、意志も固く。
 対してヒュールリットも彼女を凝視した。龍の瞳は琥珀色。
 両者は互いの瞳の奥を見つめたまま対峙した。だが――
【引き返せ】
 それはヒュールリットの、ほんの僅かな小声に過ぎなかったが、ウィムリーフは瞬時に身動きが一切とれなくなった。動け動けと、どんなに必死に念じても、意志に反して四肢はぴくりとも動こうとしない。突如、ウィムリーフは龍の言葉に抗えなくなったのだ。

――龍の言葉を聞いてはならない――

 古くから伝わる戒めのとおり、偉大なる龍はその言葉に魔力を宿している。ヒュールリットもまたしかり。ヒュールリットの言葉は容赦なく、ウィムリーフの心にまで作用する。ついに彼女は冒険行を否定し始めた。ミスティンキルのかける声が、どんどん遠のいていくのを感じる――
 ――そして、魔法の言葉が彼女の奥底に囁いてくる。魅惑をはらんで――

 ――ラミシスの地を歩いたとしても、かの破れさびし遺跡――否、廃墟からは何一つ見いだせないだろう。記録に綴る? 何を綴るというのだ。そんなもの、たった紙切れ一枚で終わってしまう。残るのは疲労、辛さ、そして夢破れたことに対する大きな落胆。……ラミシスに行く価値などあろうか? すでに自分は栄えあることを成し遂げた。“炎の界《デ・イグ》”と月での出来事。あれに優る冒険などありはしない。
 ――それよりも暖かさを求めたほうが、ずっといい。春の日射し、毛布のぬくもり、ミスティンキルの肌。ここから先に進めば、そのような暖かさを感じることはできないのだ――
 まどろむように、ウィムリーフはまぶたを閉じようとしていた。甘い誘惑をすべて受け入れようとせんがごとく。

――宵ウ来ソ――

(――!!)
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥