小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤のミスティンキル

INDEX|69ページ/103ページ|

次のページ前のページ
 

「あり得るの? そんなことが。だって王国はずっと昔――そう、九百年前に滅んだのよ? 今は遺跡しかない。悪く言えば廃墟しか残ってないのに。呪縛を嫌い孤高を好むという龍が、いまだ居座っているなんて――」
「ところが違う。おれはエツェントゥー老から直に聞いたんだ。その昔、デュンサアルからたった一人でラミシス遺跡を目指したってえ、無鉄砲で馬鹿なドゥロームがいたんだと。そいつは島に近づくところまで行ったけど、そこから逃げ帰った。……ヒュールリットだよ。やつは島の近辺に巣を作って、人間が遺跡に入らないように見張ってるらしい」
「――遺跡には今も何かがあるのかしら? カストルウェン達も王都にだけは入れなかったと書いてあったし……あら? でもあたしの読んだ本だと、ヒュールリットについては一言も触れられてなかったわよ?」
「それはおれも分からねえ。詩人が詠った詩にしたって、いろいろと継ぎ足したり引いたりしてる部分があるんじゃねえのか? 鵜呑みにはできない。けれどエツェントゥー老の話は真実味がある。おそらくこの先、おれ達は朱色のヒュールリットを相手にしなきゃならねえんだよ」
「龍を相手にして、まともに戦えるというの?」
「……そうじゃねえ。話し合って解決するほかねえだろう」
 ウィムリーフはしばし黙りこくった。

「……あたしが交渉するわ」
 ウィムリーフは切り出した。
「だな。それがいい。アザスタンだってついている。それにおれ達は龍王イリリエンにだって会ってるんだ。きっとうまくいく」
 ミスティンキルの言葉を聞いてウィムリーフは小さくうなずいた。そして背負った荷物を外して手前に持ってくると、その中から本を取り出し――冒険を開始するに先立って、ラミシス関連の記述を彼女自身がまとめ上げたものだ――最初の頁から読み始めた。行動を起こすに際して準備は怠るべからずと学んだ彼女ならば、たとえ龍を――話す言葉にすら魔力が込められているという龍を相手にしても、対等に話し合えるに違いない。そして何より――
「せっかく東方大陸《ユードフェンリル》の南の端まで来たんだ。こんな機会は二度と来ないかもしれない……あたしは絶対、遺跡の奥にある王城にたどり着いてみせるわ!」
 ウィムリーフの強い信念。今回の冒険行において力の源は、彼女にこそあるのだ。

◆◆◆◆

 果てしなく続く青い空のもと、蒼龍はただまっすぐに飛び続けた。ミスティンキルが見るのは空の青と海の青。そして眼下に浮かぶ雲の白だった。本とにらめっこを続けていたウィムリーフは時折、気分転換のために龍の背中から舞い上がり、自在に空を舞うのだった。
 やがて陽が西に傾き、橙色に染まり始める。折しも前方、やや左側に小島が見えてきた。ウィムリーフが言っていた休憩場所だ。出発に際してウィムリーフの示した方向は正しかったのだ。彼女は満足げに笑みを浮かべた。
「ほっとしたわ。『方向を間違えていたらどうしよう』なんて、けっこう心配してたのよ?」
 ウィムリーフは言った。
 目指すべきラミシスの島はまだ姿を現していないが、間違いなくこの先にある。
「今日はここまでにしましょう。お願いアザスタン、左下に見えてきた小島の平地に降りて」
【応】
 アザスタンはゆっくりと降下し始めた。




(四)

 ヨウコソ――
 宵ウ来ソ――

 ウィムリーフはその言葉を確かに聞いた。誰のものか分からないその声はしかし、不思議と彼女を心の底から安心させるものだった。
(ここはどこ?)
 どこかの室内。もしくは回廊。辺りは一様に薄暗く、間隔を置いて灯っているランプによって足場が照らし出されていた。
 そしていつの間にか彼女は、長く長く続いている狭い螺旋階段を下りているのだった。
(これは夢だ)
 ウィムリーフの意識は確信した。いつか見ていた、夢の続きを見ている。
 ふと前に焦点を合わせる。四段ほど前、ウィムリーフを誘うかのように人の影のようなものが階段を下りている。あれはいったい何なのだろうか? だがウィムリーフの足は近づくことができない。また、止まったり遠ざかったりすることもできない。一定の距離を隔てたまま、ただ階段を下りていく。

 やがて鉄の扉が彼女達の前に現れた。真っ平らな扉には取っ手らしきものは何一つ無く、鉄板の鈍色《にびいろ》が冷たさと重厚さを醸し出している。影はその前で止まった。ウィムリーフはやはり、影から数歩置いたところで動けなくなる。
 影が扉に手を触れると、鈍色の表面に変化が起きた。手を中心に細く青白い線が何本も放射状に延びていき、すぐに複雑な紋様を象った。この紋章が一瞬輝きを増すと、扉はそれに応えるように重々しい音を立ててゆっくりと開いていった。

 再び彼らは螺旋階段を下りていく。距離を置いて。もうずいぶんと降りてきた。この階段はぐるぐると廻りながらどこまで続いているのだろうか。どこに向かっているのだろうか。彼女はそんな疑問を持ったが、それとは関係なしに足は一歩一歩前へと進んでいく。何かに引き寄せられるように。あるいは前を行く影に。
 やがて第二の扉が行く手を阻んだ。影は先ほどと同様、その表面に手を触れた。今度は違う形の紋様が形づくられる。そして扉は音を立てて開いていく。
 その先にあるのはただ闇だった。影はしかし、躊躇することなくその闇の中へと消えていく。ウィムリーフもそれに続いた。

 背後で扉が閉まると、周囲はねっとりした闇に支配される。影は光の珠を魔法で作り出し、手のひらから離した。光球はゆっくりと上に向かっていく。それと同時に周囲の情景も明らかになっていく。
 ウィムリーフはしばし見とれた。ここは大きな空洞だ。周囲の壁はそれまでのような人工的なものではなく鍾乳石で出来ている。気の遠くなるような長い年月を経て、この天然の鍾乳洞はつくられたのだろう。

 影は――空洞のとある場所で立ち尽くしていた。ウィムリーフはそちらのほうまで歩いていく。影はゆっくりと腰を落とした。ウィムリーフはそろそろと、影の斜め後ろにまで近寄る。
 影の前の床は明らかに人の手が加えられており、そこには石造りの立方体をした箱がひとつあった。小動物の一匹くらい中に入れそうな、その箱の表面には文字がびっしりと埋め尽くすように刻まれていた。それらの意味するところはウィムリーフには分からない。
 影は、これを自分に見せたかったのだろうか?
 そう思うと同時に、影がぬうっと手を伸ばしウィムリーフの手首を掴んだ。
 刹那。
 魔力が――青い魔力が、爆ぜたかのように勢いよく放出されていく。ほとばしり立ち上る青の力。それは尽きることなく自分の内面からわき上がってくる力。
 当のウィムリーフは立ち尽くし、影に掴まれた手首を見つめながらも、たしかに快さを感じていた。愉快なまでに。
 影がゆっくりと振り向こうとしている。

 そして暗転――

◆◆◆◆

 夢から覚めたウィムリーフは目を開けた。まだ朝は早く、太陽も顔を出していない。篝火の小さな炎が暖かい。その向こう側ではミスティンキルが大口を開けて寝入っていた。
 ウィムリーフ達は小島で一晩を過ごすことにしたのだった。ここは海岸近く。寄せては返す波の音が心地よく聞こえる。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥