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赤のミスティンキル

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§ 第二章 アザスタン空を往く



(一)

 びゅうびゅうと風が唸っている。真っ白な雲をかききり、探検者達は空の高みへ――分厚い雲の彼方にある、穏やかな青空を目指してぐんぐんと登っていくのだった。
 ミスティンキルがほうっと白い息を吐くも、それは瞬く間に雲の白色と同化してしまう。彼は蒼龍の体躯を両手で掴みながら、おそるおそる首を斜め後ろに向け、背後の景色を見やった。雲と雲の隙間からほんの一時、デュンサアルの情景がかいま見えた。

 先刻、二人がアザスタンの背に飛び乗ったとき、巨大な蒼龍はこう言った。
【さあ、飛び上がるぞ。荷物も飛ばされぬように十分用心しておけよ。ここ最近、デュンサアル周辺の天気は、飛ぶには不向きだ】
 アザスタンの忠告に二人はいったん了承した――が、用心すべきは荷物のみあらず、龍の背にまたがる彼ら二人をも含んでいたのだ。そして蒼龍はこともあろうか、頭を真上に向けて翼をはためかせたのだ!
 龍の背に乗る二人は、それはそれは肝を冷やした。仰天して青ざめたミスティンキルとウィムリーフは、ただ必死で龍の鱗にしがみつくほかなかった。まるで、ごつごつとした大樹の頂上を目指すために、しがみついて登っているようなさまで。
 当のアザスタンはそういった二人の慌てぶりすら想定していたかのように、しゅるると煙を吐いて小さく唸ってみせた。龍という生き物は基本的に無口である。龍の言葉そのものに魔力が宿っているということもあるが、そもそも必要以上の言葉を発しないというのが、彼らなりの美徳として存在しているのだろう。
 だがミスティンキルは、なにもかも分かり切っているような龍の態度が気に障り、腹立ち紛れにアザスタンを殴りつけた。しかし龍の鱗は異常に固く、両の拳を痛めるだけだった。それでも彼の悔しさが収まるわけがなく、かえって激高した彼は右足で何度か龍の背を足蹴にしたのだった。

◆◆◆◆

 穏やかな天上を目指し、急上昇する。真下にあるのは山々。
 恐ろしくてたまらない今の状況を、それでもすんでのところで抑えることができるようになったミスティンキルは前方を――空の上方を見やる。が、まだまだ雲は厚く重なっているようで、目指す青空はまったく見えてこない。ただ、灰色。

 ミスティンキルはウィムリーフを見た。彼女は、龍の大きく無骨な背びれを挟んでミスティンキルの真横に座している。冷たい風と視界を邪魔する雲は彼女にも等しく襲いかかってきているはずなのに、ウィムリーフはどうやってしのいでいるのだろうか?
(……やるなウィム。すっかり忘れてたぜ)
 ウィムリーフのさまを見て、ミスティンキルはしてやられたとばかり舌打ちをした。彼女は前面にガラスのような薄い幕を大きく張り巡らせ、風が直接身体に当たらないように逸らせていたのだ。冷たい水分を含んだ白い霧が大波を象って彼女に襲いかかるが、ウィムリーフは微動だにせず前を見据えている。案の定、霧は彼女をよけるようにして後方へと吹き飛んでいくのだった。

 ならば自分も、とミスティンキルは神経を集中させた。彼の脳裏には今し方ウィムリーフが張り巡らせているものと同じような幕のイメージが浮かんでいる。風を逸らす透明な幕。できれば寒さをもしのぎたい――。
 そうしてミスティンキルの意識は、自身の身体の最深部へと深く落ちていく。膨大な魔力と、魔導の知識が眠るという、ミスティンキル本人ですら把握しきれていない大きな力の源へと。
 ほどなくして、彼の意識は適切な手段をつかみ取った。瞬時、彼の瞳が赤く輝く。そしてミスティンキルの口元から一言、未知の言葉がついて出てきた。ミスティンキルの身体が内部からほのかに暖かくなり、また同時に前方から襲い来る風が止んだ。
 明らかに魔法だ。それは彼の望みを寸分違わず叶えたのだった。

 魔法が発動したことに安堵した彼は、ほうっと息をつく。
 ようやく心に余裕が生まれたミスティンキルは、真横を向いてウィムリーフに話しかけた。が、彼らの間には相も変わらず風が吹きすさんでおり、とてもではないが会話などできる状況ではなかった。おたがいに大声を張り上げてみるものの、ごうごうという風の音に遮られて全く聞こえない。そんな幾たびかのやりとりの後、風を巻き込む音がぴたりと止んで、ウィムリーフの声が鮮明に聞こえてきた。二人の空間を繋ぐようにして、ウィムリーフが音の通路を作ったのだ。
「……。もしもし? 今度は聞こえるかしら。ミスト、大丈夫? さすがにこの急上昇はきついものがあるわね」
 その言葉を聞いてミスティンキルはすかさず悪態をついた。
「大丈夫もくそもあるかってんだ。このくそ龍ときたら危ねえじゃねえか、こんな急角度で真上に飛び上がりやがって! もっとまともに飛べよ!」
 ウィムリーフはそんなミスティンキルをなだめた。ウィムリーフはこの状況に臆することなく平然としているのだ。それは彼女が空と風をよく知るアイバーフィン《翼の民》だからこそなのだろう。
「どうにも天候が不順のようでね。今朝方からデュンサアル山を中心としたイグィニデ山系に嫌な雲がたまってきているのよ。すぐにも変わる山の天気だから一概にどうとは言い切れないけれど、ひょっとしたら横殴りの雨が打ち付けるかもしれない。そうしたら空の旅なんてできたものじゃないわ。……だけど雲の上に出てしまったらそんな悪天候とは関係なくなるでしょう? だからアザスタンはこうも急いでいるんじゃないかな」
「んん……理屈じゃ分かるんだが、気分としては最悪だぜ! こんな……木登りじゃあないってのに木にしがみつかなきゃならねえなんてこと、今まで味わったことがないからな。釣りに出てたとき、大しけの海になすがままにされたことはあったけれど、それと今とはまたわけが違う。……お前はどうなんだよ? 大丈夫なのか?」
「そうねえ……あたしはもともと翼を持ってるから、急上昇したり急降下したりと、ひとりで自分で飛ぶことに慣れているけれど……さすがに二人も乗せて急に上がっていくのにはびっくりしたわね。アイバーフィンの揚力じゃとても無理よ」
 それを聞いたミスティンキルはただうなずいた。
「酔ったの? ミスト」
「そういう気持ち悪さとはまた違う。なんて言うか……言うのが難しい。自分の力で何とかなるもんなら何とかしたい」
「翼を使ってみたら? あたしも今広げてるのよ。風の乱れた流れを緩和できるし、もしうっかりこの手を離してしまって空に投げ出されそうになったときでもすぐ対応できるわ」
 言われるままに、ミスティンキルは羽を伸ばした。物質界で見えない翼ではあるが、強く風が当たっているのが分かる。彼は試行錯誤しながら羽の位置を動かし、ようやく安心を得た。アザスタンが急に旋回したとしても、些細なことでは振り落とされないような体勢を取ったのだ。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥