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赤のミスティンキル

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「もしわしがお前達の気配に気が付かなかったらどうなっていたことやら。陸が連なっているうちはいい。だが海は違う。およそドゥロームやアイバーフィンの翼で渡りきることが出来るほど、海は小さいものではないのだぞ」
「うん。ごめんなさい」
 ウィムリーフは頭を垂れる。そして昨日の顛末についてミスティンキルに語ったのだった。

 あの時――ミスティンキルが翼の揚力を失って落ちそうになった時のこと。
 ウィムリーフいわく、どこか意識がぼうっとしていた、ということらしい。そしてはたと気が付いた時にはミスティンキルの身体は地面に向けて落下し始めていた。驚いたウィムリーフは急降下してなんとかミスティンキルの腕を掴み上げるが、ウィムリーフ自身も思いのほか疲労していたらしく、その場に滞空するのが精一杯だった。
 仕方がない、このまま下に降りて休息をとろうと思っていた矢先、龍の姿をとったアザスタンが現れて背中に乗るようにとうながした。ウィムリーフはミスティンキルの身体をアザスタンの背に乗せた。
「ありがとう。ミストを連れて帰ってくれるの?」
【ウィムリーフ。お前も来るのだ。ここからとって引き返せ】
「なぜ? あたしはこれから旅立たなきゃならないのよ?!」
【おのれを過信しているのに気づかない者には、知らずのうちに災厄が忍び寄る、というもの。今のウィムリーフはまさにそれだ】
「なにを言うの! あたしは自分をわきまえているつもりよ!」
【……今の自分の言葉が正しいかどうかすら、お前はまったく分かっていないようだ。ミスティンキルとともに戻り、少し頭を冷やせ。……三度目は言わぬぞ】
 アザスタンは、力を秘めた言葉をウィムリーフに浴びせた。龍の言葉とは、それそのものが魔力を持つのだ。ウィムリーフは渋々ではあるが龍の言葉に従わざるを得なかった。だが、龍の背中に乗りながらデュンサアルに引き返しているうちに、自分の行動がひどく軽率だったことがようやく分かりはじめた。一体なにをあれほどまでに急ぎ、いきり立つ必要があったというのだろうか? なにが自分をこうまで突き動かしていたのかもはや分からないが、ウィムリーフは龍に謝罪した。龍はそれ以上なにも言わず、彼らをデュンサアル村の入り口まで送り届けると、自らも龍戦士の姿に化身して村に入っていった。
 そして一晩が明けた。

「……とにかく、今はゆっくりお休みなさいな。あたしも軽はずみだった。きちんと前もって調べられるところを調べないとね」
「なんだよ。何だかんだ言って、結局お前はラミシス遺跡に行くつもりなんだな?」
 ミスティンキルの問いかけにウィムリーフは頷いた。
「昨日の夜も言ったけど、こんな機会はめったに来るもんじゃないもの! あたしは、ラミシス遺跡がどういったものなのか、また冒険誌を書きたい! きちんとしたかたちで世に伝えたいのよ」
「……頑固だな」
「おあいにくさま。あんたと同じにね」
 ウィムリーフは舌を突きだして軽口を叩いた。
「でもまだ前の冒険誌の編纂が終わってないだろう?」
「あれは、またここに帰ってきたら続けることにするわ。今は……遺跡への冒険のことしか頭にないもの」
「しかたねえ。おれもウィムに付いていくことにするか」
「ならばわしも付いていくぞ」
 最初からその言葉を言うつもりであったかのようにアザスタンが言うものだから、それを聞いたウィムリーフは驚いて目を丸くする。
「ミストも、それにアザスタンも? 嬉しいけど、どういうことなの?」
「昨日みたいに勝手に飛び出していくようなやつを放ってはおけねえだろうに。それに、一人で出かけるには危なっかしそうな場所だろう?」
 ミスティンキルはベッドにごろりと横になり、再び灰色の天井を見据えながら、ぶっきらぼうにそう言った。
「わしが動くのは、龍王様からのご命令ゆえ」
 アザスタンは言った。
「それに先ほども言った。人間の翼ではおよそ海を渡りきれるものではない。……だが龍は違う」
「……うん。ありがとう、二人とも」
 ウィムリーフは目を閉じて頭を下げるのだった。
「一週間。その間にラミシス遺跡の事について出来る限り調べ上げて……出発することにするわ。あたしたちは!」
 ウィムリーフの群青色した瞳は、きらきらと輝いているようだった。




(四)

 ミスティンキルが目覚めたこの日から、ウィムリーフはラミシス遺跡について調べ始めるつもりだった。しかし、今まで冒険誌の編纂を続けていた疲労が蓄積されていたのか、はたまた昨夜の飛行が思いのほかきついものだったのか、彼女は体調を崩してしまった。それにもめげずウィムリーフは行動しようとしたが、ミスティンキルに反対されて仕方なく日がな一日休むことになってしまった。
 一方のミスティンキルもこの日は動くことが出来なかった。彼の場合は宿酔だった。強い酒を何杯も飲み干したあげく慣れない翼をはためかせ空を飛び、さらには術を行使したのだから、こうなるのは当然のことだった。頭痛と嘔吐感に苛まれながら、ベッドに横になって唸るほか無かった。
 幸いにもこの旅籠のおかみはよく気が付く人だったため、彼らは煎じてもらった苦い薬湯を飲んで回復するのをただひたすら待つのだった。

 その甲斐あって彼らは共に気持ちよく翌日の朝を迎えることができた。心身共に快く感じることができ、差し込んでくる朝の日差しもまた心地のよいものとなった。
 二人は宿の食堂で女将に礼を言うと、軽い朝食をとりつつこの後どうするかを話し合った。
 ラミシス遺跡を冒険するという計画を思いついた当の本人――ウィムリーフは、食事を終えたらさっそく本をじっくりと読み返すことにした。
 この千年あまりの歴史において、かの島を訪れた者は二人しかいない。アルトツァーン王国のカストルウェンとメケドルキュア王国のレオウドゥールである。それぞれの王国の初代国王である彼らは、その若い時分にラミシスの島を冒険したと伝えられており、正式な文献こそ遺されていないものの、詩人達によって多くの唄が詠まれてきている。
 それらの唄をまとめた本、
『未踏の地ラミシス 〜カストルウェンとレオウドゥールが行いし、魔導王国ラミシス遺跡の冒険行について――数多くの吟遊詩人の歌より〜』
 と題された本をじっくりと読み、ためになりそうな箇所を写すことで、彼女なりのラミシス島のイメージを掴むつもりだった。

 朝食をとりおえて部屋に戻るやいなや彼女は本をひもとき、最初の頁から読み始めるのだった。
「今回はあたしが思いついた冒険だから、ミストが調べ上げる必要はないわ。旅を始めるまでの間、度が過ぎない程度であれば、デュンサアル周囲で遊んでいてかまわないから。もちろん、女遊びは厳禁だけどね!」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥