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赤のミスティンキル

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 “炎の司”になるというとりあえずの目的を果たした今の彼は、これからなにをすべきかを見失ってしまったのか――。このままデュンサアルに滞在したままでは、周囲にちやほやされるだけで堕落する一方だ。挙げ句の果てはただの飲んだくれになり果ててしまうに違いない。ウィムリーフは、そんなミスティンキルは見たくなかった。何が何でも事を為し遂げてやる、というどん欲なまでの強い意欲を持っていたからこそ、彼は彼自身であり続けたのだ。

「悪いけどな。おれはその遺跡とやらに用事はないし興味もない。それだったらまだここにいた方がずっといい。もし仮に行くにしてもだ。なにもそんなに焦ることはないと思うぜ? 準備だって色々あるだろうに。幸い時間だけはたっぷりとあるんだし、金についてもおれの持ってる赤水晶《クィル・バラン》を売っていけばいい。だからだ、ここはゆっくりと行かねえか? そうすればおれの気持ちも変わるかもしれないし」
 確かにミスティンキルの言いたいことも分かる。今のウィムリーフは明らかに急いでいるのだから。急ぐあまりに失敗を起こすよりは、ゆっくりと地道に事を構えた方がいいに決まっている。特にそれが前人未踏の地に赴くという、危険が伴う事態であれば、なおさらだ。
「そう……」
 ウィムリーフはしばし考える姿勢を見せた後、わかった、とだけミスティンキルに言って席を立った。
 それでもウィムリーフにとっては、まだ見ぬ地――ラミシスへの冒険行に馳せる想いのほうが勝ったのだ。

「ウィムリーフさん、この方を連れて帰るんじゃないのかね?」
 店主が声をかける。
「彼はまだまだ帰るつもりじゃないようだから、これで引き上げるわ。あたしから伝えたいことは伝えたし」
「なんだ。一緒に飲んでけばいいのに」
 主はやや残念そうに言った。アイバーフィンのウィムリーフに対しても、デュンサアルの住民達はようやく心を開いてくれた。そのことが嬉しくもあったが、ウィムリーフは木扉に手をかけた。
「そうねえ……申し訳ないけどミストに、飲むならあと一杯くらいにして宿に帰るようにと、うながしてくれません? あ、それからその時に伝言をお願いします。『ウィムリーフは遺跡に行きます』ってね!」
「……分かったよ。けれどお前さん、本当にひどく急いでるように見えるねえ。また何かがあったのかい? “司の長”様から指示があったとか」
「いえ、特に長様からはお話を頂いたわけじゃないんです」
「それならばなにも焦ることはないよ。おれもこの酔っぱらいの言うことはもっともだと思うね。ましてラミシスなんざ、ここの住人だって行ったことのないような魔境だ。いくらお前さんが旅に慣れているとは言ってもだ。念には念を入れるに越したことはないと思うがね?」
 そうだ。旅に出ることについても、ミスティンキルが旅籠に戻ってきてから改めて話せば済む話だというのに。なにが自分をこうまで急がせているのだろうか? 冒険に対する憧憬、の一言だけでは片づけられないようにウィムリーフは直感した。急げ急げとせかすこの感情がなぜ突如として生じたのか、もはや分からないが。ただ明らかなのはひとつ。この衝動を打ち消すことはもはや出来なくなっているということだ。
「ありがとう。でもいいんです。あたしはもう、行くって決めたんだから……」
 伝言のほうをお願い、とだけ言うとウィムリーフは店主に軽くお辞儀をし、酒場をあとにした。
「出来ればあんたには付いてきてほしかったな……。どうかしてるわね、あたし。本当、なんでこんなに急いでるんだろう? 多分ミストの言ってることのほうが筋が通ってるってのに……」
 外に出たウィムリーフは、再び宿へ帰る道を急ぐのだった。

◆◆◆◆

 ミスティンキルは愕然とした。それまで酒に酔いしれて真っ赤だった顔が思わず青ざめるほどに。
 あれから半刻が過ぎ、彼が酒場から宿へと帰ってみたら、部屋の雰囲気ががらりと変わっていた。部屋からはウィムリーフの荷物だけがそっくり無くなっているのだ。これには狼狽えるほか無い。なにせ今まで二人で旅をしてきてこんな事は一度たりとも無かったのだから。
「ちょっと待てよ! あいつ本気で遺跡に行くなんて考えてたのか?! しかもたったひとりで!」
 まさかウィムリーフの残した言葉が彼女の本意だったとは。てっきりミスティンキルが一緒でないと行動を起こさないとばかり思っていただけに予想外だった。自分が思ってた以上に、彼女の意志は強固だったのだ。
 ミスティンキルは落ち着こうと、とりあえず椅子に腰掛けた。しかし焦りは募る一方。
「ああもう! なにを急いでるってんだ、あいつは?!」
 もはやいても立ってもいられなくなり、彼は悪態を付きながら足早に部屋から出て行った。すっかり酔いが回り、足下がおぼつかなくなっているというのに、意識だけは冴え渡っていた。いや、そうせざるを得ない状況だった。
「まったく……。いつもとは逆の立場じゃねえかよ……」
 ミスティンキルは宿から外に出るやいなや――見えない翼を広げて夜空へと飛び上がっていくのだった。




(三)

 今夜は新月。月が白銀の光を発しないために、地上はいつにもまして暗闇に閉ざされているかのようだ。しかし夜空に浮かびながらもふだん月光に遮られてきた星々の光は、それぞれの世界が存在することを今宵こそはアリューザ・ガルド中に告げんかとするばかりに輝く。ミスティンキルはどんよりと重くなった両の眼をこすると、青白く光るエウゼンレームの星を見いだそうとした。天空にあって、常に真南にて明るく瞬く星だ。幼い時分からよく知っている星だけに、彼はすぐに探し当てることが出来た。おおよそあの星の方向に向かって今回の騒ぎの主、ウィムリーフが飛んでいるのだ。

 ミスティンキルはウィムリーフの力――青い魔力が正確にどの辺りにあるのか、探し当てようとした。
 すると自然と、ミスティンキルの口からことばが発せられる。誰かが自分の身体を借りて喋っているかのような奇妙きわまりない感覚。自分でも全く解さないし聞いたことすらもない言語が、流暢に紡がれていくというのは何とも形容のしがたいものだ。自分の口から漏れているこのことばがおそらく魔法を発動させるためのことばであり、魔力の在処を探知するための魔法が放たれようとしているのだ、ということだけは何となく分かった。
 ミスティンキルは魔導解放の折り、魔導師ユクツェルノイレから魔導のすべを継承したわけだが、だからといってミスティンキルが魔法に通じるようになったわけではなかった。いま行っているように、呪文を唱えることは出来るが、それがどのような意味を持つのかということは理解できなかったし、魔法についての知識など相変わらず皆無だった。

 ともあれ、魔力は解き放たれた。ミスティンキルの身体の中から若干力が失われたのを感じ取る。失われた力は外部に放出されて“原初の色”を伴った魔力として顕現し、呪文といわれることばによって意味をなす。
 そして発動。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥