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赤のミスティンキル

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「けれど、魔導を解き放つことしか世界の色を元通りにする方法がないってんなら、やってのけるしかないだろ。だいたい面白そうじゃねえか。おれたちが魔導を復活させた、なんていったら、それこそ歴史に名が残るに違いないぜ?」
 明らかに彼は状況を楽しんでいた。炎の司となったうえに、龍王はミスティンキルのことを“力ある者”として認め、使命を与えようとしたのだ。
 これに応えないわけにはいかない。ミスティンキルにとって躊躇うことなどみじんも考えられなかった。イリリエンから直々に認められたドゥロームなど、そうそういるわけがない! ひょっとしたら魔導の力すらも自分の手に入れることが出来るのかも知れないのだ。そうなれば、自分を蔑視しようなどとは誰も思わないだろう。
 自分の赤い瞳が嫌忌の象徴ではなく、多大なる力の象徴であることを、はっきりとミスティンキルは自覚した。
(アリューザ・ガルドに戻ったら、まず絶対に故郷に戻ってやる! そして……見せつけてやる!)
 鬱積していた感情はいまや払拭された。代わりに、少しばかりの高慢が現れたのだが、心の解放を感じ取っているミスティンキルがそれに気づくはずもなかった。

「……分からねえ……面白そう……」
 ウィムリーフは言葉を反復する。明らかに呆れかえっているのが見て取れる。彼女はため息をついて、次に大きく息を吸い込んだ。過去の経験から、この次の言動およそどういったものになるのか、ミスティンキルには見当がつく。
 そして、ミスティンキルの予測は違わなかった。
「ミスト! あんたはねえ、ろくに考えもせずに感情だけを突っ走らせて……そんな簡単に答えを出しちゃっていいと思ってるの?!」
 感情を露わにして声を張り上げすぎたと思ったのか、ウィムリーフは声の調子をやや落とした。
「……だいたい、魔導を復活させるなんてそんな大それたこと、あたしたちがやり遂げられるかどうか、分からないじゃないのよ」
「じゃあほかに、どうすればいい? おれたちの力を見込んでるからこそ、イリリエンはおれたちに使命を与えようとしてるんじゃねえのか? 理屈なんざ、あとまわしだ。せっかく苦労してここまでたどり着いたんだから、あともう少し、やってやろうじゃねえか。……なに、おれたちならば出来る。そう信じようぜ」

【……さて、元気があるというのはいいものだが……龍王様を御前にしながら勝手に口論をはじめるというのは感心しないぞ】
 上方からアザスタンが、珍しくもやや困惑した口調で言った。
【もっとも……蒼龍たるわしの炎を浴びてみたいというのなら、望みどおりそうもしようがな!】
 アザスタンは急に声色を変えた。人間とそう変わらない大きさのはずの彼の姿が、ひどく恐ろしく大きなものに見えてくる。蒼龍のイメージが、二人の脳裏に浮かび上がる。
 さすがに二人は喧嘩を取りやめた。ドゥール・サウベレーンの逆鱗に触れればどんな目に遭うのかは知らないが、無事では済まないことは確かだろう。

 だが、イリリエンは鼻から火の息を漏らしただけで、大して気にも留めていないようだった。龍王は淡々と和音を重ねた。
【……“風の司”の問いに対しては、私が答えられる。それで納得し、ぬし達が使命を受け入れることを願う。魔導についての知識は必要ない。……私とて魔導のことはよく解さない。封印を解く者の器の大きさこそが重要なのだ。そしてぬし達は十分に力を――魔力を持っておるぞ。おそらくはぬし達でなければこなせないだろう。色の再生という使命をな】
 龍王の言葉を聞いたウィムリーフは深々と頭を下げた。
「過分なお言葉を拝領し、ありがたく存じます。けれど、もう一つ教えていただけませんでしょうか? 魔法と色との関係について……。なぜ魔導の復活が、色の再生に関わっているのでしょうか?」

◆◆◆◆

 イリリエンは金色の目を細め、二人を見下ろしながら語り始めた。
【魔力とは、人間のみが持っているものではない。アリューザ・ガルドの世界そのものも魔力に満ちているのだ。たとえば草木、岩、河川など、ありとあらゆるものに大小の差異こそあれ魔力が宿っている。――そしてこれこそ、世界の核たる摂理よ。これを理解している人間など、今の世にいるかどうか訝しいが。かつての魔導師達は、おのが魔力のみならず、これら事物に宿る魔力をも抽出し、術を行使していたようだ】

【そして魔法と色とは密接に結びついている。なぜならば色とは、魔力そのものを帯びているからだ。それはアリューザ・ガルド創造の折り、それまで色の存在があり得なかった世界に、いずこからともなく色が流入したことによるのだ。魔力を伴った“原初の色”と呼ばれる色の帯が互いに織り編まれていくことでアリューザ・ガルドは彩られ、魔力に満ちていった】

【創世の時が終わりを告げると、“原初の色”は事物の奥深くに隠れ、表層には現れなくなった。しかし依然“原初の色”は確かに存在する。“留まる色”と“流転する色”とになってな。“留まる色”は、事物の奥深くに内包されることで恒久的に魔力と色をもたらす。一方、“流転する色”は世界の深層部を流れている。そして“原初の色”を常に循環させて、事物に鮮やかな彩りを保たせているのだ】

【川の流れが止まれば、清流は濁ってしまうもの。同様に、“原初の色”の流れが淀んでしまえば、世界の色もくすんでしまうのだ。かつての人間が“魔導の暴走”を経て、力ある魔導を封じたのはいい。……が彼らはそれと知らず、“流転する色”をもせき止めてしまった。幾百年を越えた今、その影響が現れ始めたのだ。これが世界に起こりつつある異変の原因よ】
 だからこそ、“原初の色”の流れの閉塞を解くためには、魔導を解放するほか無い。
 龍王の言葉にウィムリーフは納得したようだ。
 ミスティンキルはあとでウィムリーフに教えてもらおうと思った。龍の言葉はまどろっこしく、なかなか意味を把握できない。加えてべつに世界の構造についての説明を受けなくても、ミスティンキルは使命を受諾するつもりだったのだ。

「ではこのまま色あせたままだと、アリューザ・ガルドから魔力は無くなってしまうというのですか?」
 ウィムリーフの問いかけを龍王は否定した。
【魔力の全喪失となれば、色の概念そのものが無くなることを意味する。幸いにもそのような事態には至っておらぬ。“留まる色”が依然存在し続けているゆえにな。――よって事態そのものは、世界を根本から揺るがす大事――破滅には至らない】
「けれども突然起きたこの異変のことを、人々は非常に恐れています。凶事の前触れなのかとか、何かの呪いが発動したのか、とか考えている人も多くいるようですし、あたしも不安でした。……不安が募った人間達によって、かえって大事が引き起こされる可能性というのも考えられます」
 それを聞いた龍王は満足して、笑ったかのようにも思えた。
【ふむ、鋭い感性よな、“風の司”。ぬしの言うとおりだ。突如変容した事態をたやすく許容できるほどに、人間の心とは柔軟かつ強いと言えるか? それはぬしら人間であれば承知のことだろう】
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥