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赤のミスティンキル

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【……私は力ある人間の来訪を待ち、デュンサアルの扉を介して呼び寄せようと試みていた。おそらくは、他の界の王達も同様に力ある者を呼び寄せていることだろうが、運命は私の方を向いていたようだな】
 龍の発声の仕組みというのは明らかに人間とは異なっているようだが、いくつもの音を同時に発するイリリエンの声は神秘そのものを具現化したかのようだ。男声と女声が調和してひとつの音楽をなす合唱にも似ている。アルトツァーンのどこかの街で祭りが催されていたとき、そのような音楽を聴いたことをミスティンキルは思い出していた。
「ひとつお訊きして……よろしいのでしょうか?」
 ウィムリーフの言葉に龍王は目を細め、肯定した。
「龍王様は、あたしたちが来ることを知ってらしたのですか?」
【名は……ミスティンキルにウィムリーフ、か。……今、ここにいるアザスタンから聞くまで、ぬしらの名前は知らなんだ。力を持つ者がデュンサアルに来ていたことのみ分かっていた。それがたまたま、ぬしらだったということだ】
 イリリエンはしばし風の司の娘を凝視した。ウィムリーフもまた、龍王の瞳を見つめるが、緊張の極致にあるさまがうかがい知れる。息を止め、まばたきひとつしようとしない。
【……なるほど、風の王は、ぬしがこちらに来ていることを知ったら残念がるであろうな。ぬしが今、“風の界《ラル》”に行っていれば、エンクィは間違いなくぬしに“使命”を与えたであろうに】
 イリリエンは即座にウィムリーフの力のほどを見抜いたのだ。
「ありがとうございます。……こうして龍王様のご尊顔を拝したこと……それだけであたしはもう、胸がいっぱいです……」
 念願叶ってイリリエンと会話が出来たことで、彼女は張りつめた緊張の糸がぷつりと切れたのか、くらりとバランスを崩し倒れてしまった。その体をミスティンキルは抱え上げる。

「龍王様。あなたならば知っていると思って……どうしても聞いておかなきゃならないことがあるんです」
 いよいよ自分が出る幕なのだ、と考えたミスティンキルが口を開いた。心臓の音が頭に響いてくるかのようだ。
「今、アリューザ・ガルドでは変なことが起きているんです。こういうことを言って信じてもらえるか分からないが、世界の色が褪せている。草の色や空の色まで……。こんなことは今まで生きてきてはじめてで、周りの人間もどうしたらいいものだか途方に暮れてしまっている。……どうしてこうなったのか、どうすれば元に戻るのか、その方法を知らないでしょうか?」
「……あのね、ミスト。いつも言ってるけれど、説明するにしてもそれじゃあまりに言葉が足りないのよ。今さらどうこう言ってもしようがないから、あたしがあらためて……」
 ミスティンキルの腕の中から彼を見上げ、いつもと変わらぬ様子でウィムリーフが諭しはじめる。またか、とミスティンキルは顔をしかめた。
【それには及ばぬ、“風の司”よ。我ら四界の王は、アリューザ・ガルドの情勢を見極めている。今、アリューザ・ガルドの色が褪せてきた原因も、それに対しなすべき手段も知っている。だが、我らやディトゥアの神々は、いかなる世界の潮流に対しても、自ら率先して新たな流れを作ることを禁じ手としている。運命を切り開く役割というのは、唯一人間のみ有しているのだ。四界の王が力ある人間の招来を願ったのは、なればこそ。使命を乗り越え、新しい流れを作るためである】
「だとすると、おれたちの手で、この異変を解決できるっていうんですか? どうやればいいんです?」
 龍王の語る言葉は漠然としており、ミスティンキルはすべてを把握しきれなかったが、これだけはつかみ取った。どうやら本当に、世界の異変を正すのは自分達にかかっているのだということが。
【ことの発端は、封印された強大な魔法の力――すなわち魔導によるものだ。なればこそ、唯一のすべは、おのずから見えてこよう? これにより事態は収拾し、新たな運命が切り開かれて行くであろう】
 龍王は言った。
【これは、力ある者だからこそ達成できることだ。……同胞の子《エウレ・デュア》よ。魔導を、解き放て!】




(三)

 ――魔導の復活こそが、色を甦らせる唯一の手段だ――
 龍王イリリエンの言葉の意味するところが、ミスティンキルには理解出来なかった。
 生まれてからこのかた、彼は本物の魔法使いに出会ったことがない。ミスティンキルが見かける魔法というのは、盛り場界隈のまじない師達があやつる“まじない”くらいなものだ。しかし、彼らの操る魔法はおしなべて拙く効果に乏しく、ミスティンキルからすれば“うさんくさいもの”でしかなかった。

 かつて魔法の力は、今と比べものにならないほど強力だったという。
 今より七百年ほど遡り、アリューザ・ガルドには強大な魔法体系――つまり魔導が存在し、時の魔導師達によって研究が進められていた。
 だがある時、魔導を行使する源である魔力が制御できなくなり、膨大な魔力は氾濫を起こしてアリューザ・ガルドに壊滅的な打撃を与えた。これが世に言う、“魔導の暴走”だ。
 状況を憂い、暴走を食い止めたのは、ディトゥア神族の中でも闇を司るレオズスだった。しかし彼は“混沌”という太古の絶対的な力に魅入られており、その力を利用し(一方では利用され)アリューザ・ガルドを恐怖でもって君臨しようと企んだのだ。だが宵闇の公子の野望は、三人の英雄によって潰え去った。
 それ以降、魔導の体系はいずこかへ封印されて今日に至っている。

 これくらいであればミスティンキルも聞き知っていた。とくに大魔導師ウェインディル達が卓越した魔法と剣の技を繰り出し、ついに“宵闇の公子”レオズスを倒すくだりなどは、吟い手が好んで唄う勲《いさおし》のひとつで、ミスティンキルも気に入っていた。
 だがもはや“魔導の暴走”の災禍などは、遠く過ぎ去った大昔の事件でしかない。それ以上魔法に対して興味を見いだすこともなく、ミスティンキルは漁を営んできたのだ。
 魔法に興味を持たない他の人間達と同様、魔法と色の相関関係などをミスティンキルが知っているはずもない。
 だから今、イリリエンが与えようとしている使命に対して、「魔法なんて得体の知れないものなんか、手に負えない。出来るわけがない」と躊躇したとしても、それは仕方のないことなのだ。

 しかし、ミスティンキルは違った。
 彼はほんの一瞬だけ思考を巡らせると、こう答えるのだった。
「わかりました」

◆◆◆◆

「ええ?!」
 ウィムリーフは、いとも簡単に承諾してしまった龍人の腕の中で驚嘆の声をあげた。彼女は起きあがるとすぐさまミスティンキルに対峙する。
「ちょっと待ってよ。……こんな大事をそんな簡単に受けちゃっていいわけ?! それとも魔導が復活すれば、なぜ色が元通りになるのか、理由をミストは知ってるの? あたしは知らないけど……魔導と色との間に関係があるというの?」

「そんな難しいことは分からねえ」
 ミスティンキルは即座に言葉を返した。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥