落ちてきた将軍
その言葉に呼応するかのように、雷が川の中へ落ち、太い水柱が立ち上がった。
「ドドド・・・・ッ!」
「出でよっ!・・・龍!」
暗雲の中から、その姿が現れた。艶やかな漆の上に更に油を塗ったように、ヌラヌラと煌く無数の鱗。巨大な頭部とワニのように裂けた口。黄金色に輝く天を突く二本の角。長大な髭が撓っている。
龍は暗雲の中からその巨大な姿をゆっくりと下してきた。撓る髭が室見川の水面を叩く。水飛沫があがり、強風にのって飛んできた。
「おおおっ!・・・何と言う事だ・・・龍が現れおったぞ!」
竹内親分は興奮のあまり、集団から走り出た。竹内の二の腕を銀二が掴み、制した。
「親分!・・・危ない!」
「むむっ・・・銀二・・・男だろう!・・・男として生まれて、こんな光景に出くわして黙っていられるか!」
「でも・・・俺たちの後ろに引いて下さい!」
「何を言う!・・・行くぞ!・・・度胸があるやつは俺について来い!」
親分について来いと言われ、しり込みすればヤクザ失格だろう。集団は、竹内親分を取り囲むようにしながら、楠の木の方へ向かった。
龍が長大な体をうねらせながら、室見川の水面すれすれまで降りてきた。
綾乃にとっては二度目である。綾乃は楠の木に身を隠し、その恐ろしい姿の全貌を見た。
数日前・・・つまり、将軍が降ってきた日は余りの恐ろしさで、龍を直視することなど出来なかった。だが、今は少しだけ違う。蘭と家慶は、どう戦い、そして江戸に戻るのか・・・それを確かめたい。恐怖で目を閉じそうになりつつも、自分を励まし、勇気を振り絞った。