落ちてきた将軍
綾乃は家慶の胸に顔を埋めて嗚咽した。家慶の匂いが綾乃の鼻腔一杯に広がった。
「好き!」
「・・・ワシもじゃ・・・早く隠れなさい」
「ホント?」
「武士に・・・」
「二言は無い?」
「いかにも・・・同じ世ならば、側室にしたかったぞ」
「それは嫌でごじゃります!」
「嫌か?」
「はい」
「なれば、早く隠れなさい。風が出てきた・・・ささ・・・早く」
綾乃は、家慶に背中を押されて、ようやく楠の木の陰に身を潜めた。いつの間にかヤクザの数は五人に増えていた。
蘭の口元が小さく動いている。周りの落ち葉が風で浮き上がると、蘭の周りを踊るように舞い始めた。そして、それは、渦を巻き、上へ上へと舞い上がっていく。見る見る数が増え、終には一本の黒い柱となって聳え立った。
楠木の影に潜む綾乃と紀子、そして、美穂は目を皿のように見開き固唾を飲んだ。
回り込んだ強風に乱れる髪を掴み、飛んでくる落ち葉に頬を打たれながら静かに見守っている。離れて見ていたヤクザ達もざわめき出した。
空は俄かに雲が湧き上り、濃度を増しながら天を埋め尽くしていく。
ヤクザ達は、その数を次第に増やし、楠木の下で起きている不思議な現象を見守っていた。いつの間に来たのか、竹内親分の姿もあった。竹内は男達に守られるようにその集団の中にあった。
「むむ・・・・どうやら・・・本当の事だったようだな・・・あの小娘はくノ一・・・・忍者だ・・忍者とは只のまやかしと思っていたが・・・信じられないが、これは現実だ・・・皆、それぞれ身を隠せ。何やら、とてつもない事が起きようとしているようだ・・・銀二、何かあったら、あの小娘に力を貸せ・・・いいか」