落ちてきた将軍
「足跡です!」
「えっ!?」
「家慶様の雪駄の足跡です」
「判るの?」
「あとの二つは、紀子様と美穂様でしょう。この小山へ登ったようです」
「何と言えば良いのか・・・凄い・・・としか言いようがないわ・・・この上には神社があるの。愛宕神社よ」
「登りますか?」
うん・・・と頷いた綾乃は、赤いステーションワゴンの周りに駐車している数台の車を一瞥した。全て、ドイツの高級車だ。しかも、窓がスモークになって、中が見えないようにしてある。何となくそれっぽい。それっぽいと言うのはヤクザ仕様ということだ。
「何だか・・・予感が的中してそうだわ・・・」
雪を踏み締めながら坂を上る綾乃は、誰に言うとも無く呟いた。
「どうかしたのですか?綾乃様」
「あ・・・うん・・・あの車。黒い車が五台停まっているでしょう?」
「はい・・・黒いのは縁起が悪いのですか?」
「そうね・・・縁起が良いとは思えないわ・・・多分・・・ヤクザよ」
「ヤクザ?・・・」
「江戸にはヤクザはいないの?」
「そういう生業はありません」
「・・・紋次郎!・・・分からないわよね・・・博徒」
「無宿人の事ですか?」
「無宿人?・・・そうそう・・・渡世人とも言うけど、今はヤクザって言うの」
「それがどうかしたのですか?無宿人は只の無宿人・・・別に怖がる事はありません。只の荒くれです。江戸では非人扱いです。」
「只の荒くれね・・・蘭ちゃんと一緒だと心強いわ。それに、お殿様は北辰一刀流の免許皆伝だし・・・・。」
博徒の歴史は室町時代に遡るが、今のような組織化され、「一家」という単位で呼ばれるようになったのは、維新後の事である。
任侠物語の定番、清水一家・・・清水の次郎長こと、山本長五郎の話が、最も分かりやすいかもしれない。しかし、この長五郎・・・静岡特産の茶葉の販路拡大の為には清水港の外港整備が不可欠と思い、その実現に尽力した人物であり、今のヤクザとは似て非なるものだ。この話の時、長五郎、九歳。