落ちてきた将軍
綾乃は、毛布に包まれた蘭の側に膝をつくと、湯飲みを蘭の鼻先に近づけた。アルコールが湯気と一緒に立ちのぼり、蘭の鼻腔を擽った。それで気を取り戻すと踏んだが、蘭に反応は無かった。綾乃は焦った・・・どうすればいいのだろう。
綾乃は指先を湯のみに浸し、温度を確かめると、血の気をなくした蘭の唇にあて、流し込んだ・・・だが、それは、蘭の顎を伝い、首筋から胸元へと流れ落ちただけだった。一向に反応が無い。
「蘭さん・・・目をあけて・・・お願い・・・」
「ワシがやろう」
家慶は、綾乃から湯飲みを受け取ると、自分の口に含み、綾乃の唇へ・・・口移しで無理やり流し込んだ。紀子と美穂は、その行為に一瞬、身を固めた。
天下の次期将軍様が、忍者に口移しで・・・とは思わない。単純に、その行為に感動したのだ。綾乃も同じで、その行為を目の前で見つめ、感動と軽い嫉妬を覚えた。そんな感情が湧いて出た事に驚き、慌てた。だが、直ぐに、自分の情念を恥じ、感情に蓋を落とした。
蘭はむせ返し、「ヒューッ」という、笛のような声を発して、仰け反り、意識を取り戻した。と同時に、全身に激しく震えが走る。
「おおっ!・・・気がついたか・・・蘭!」
「あ・・・家・・・慶・・・様」
「一体・・・」
「庭で印を結んだまま・・・死ぬ気か?」
「あ・・・申し訳ございません・・・修行が足らず・・・」
「もう良い!・・・息を吹き返せばそれで良い。もっと、命を大事にしろ」
「命など・・・・・私は忍者でございます・・・・」
「忍者でも、命は命だ・・・一つしかない命だ」
「家慶様・・・蘭には勿体無いお言葉・・・」
「もう良い・・・このまま湯に浸けるぞ・・良いな」