落ちてきた将軍
「此れで良い。瑞剣も時が来るまで、静かに眠らせておこう」
「時とは?」
「蘭の気が満ちる時じゃ・・・それまで静かに待つ。」
家慶は、包んだ瑞剣を壁に立てかけると、再び窓の外を見つめた。ふと立ち上がり、玄関へ向かう。綾乃は、その背中を追った。
玄関を開けると、冷気が柔らかい津波のように襲い掛かる。綾乃は肩を竦め、家慶の背中に張り付くように近づき、押し寄せる冷気から逃れた。家慶が立ち止まったので、その背中に、ぶち当たったが、家慶は何も言わず、雪に包まれて印を結ぶ蘭を見つめていた。
微かに香る自分の匂いに混じり、家慶の匂いを嗅いだ。綾乃は、間も無く将軍になる家慶の匂いを嗅いでいると思うと、気恥ずかしさに混じり、不思議な高揚感を憶えた。
綾乃は、大胆にも、その背中に頬を当て、鼻腔を開いた。家慶の匂いを冷気と一緒に吸い込みながら、綾乃なりの言い訳をした。
「さ・・・寒い〜」
「雪・・・だからな」
「蘭さんは・・・あのままに?」
「うむ・・・・・」
「どれくらい・・・ああしているのでございますか・・・ううっ・・・さむっ」
「もう、ふた時になるかな・・・綾乃どの・・・」
「はい・・・」
「蘭は気を失っているようだ・・・湯を沸かしてくれるか?風呂じゃ・・・不味いかも知れぬ」
「えっ!・・・うそっ!」
「蘭の血の気が失せておる・・・急いでくれ」
「はい!・・・直ぐに用意します!」
綾乃は踵を返すと、家の中に飛び込み、風呂場へと急いだ。給湯器のスイッチを入れ、コックを最大限に回す。
じれったい・・・お湯が張るまでには時間がかかる・・・綾乃は地団駄を踏んだ。綾乃はリビングに戻りエアコンのスイッチを入れると、温度を最大に上げた。次に、キッチンへ走り、お湯を沸かす。そして、寝室へ走り、毛布を抱え、リビングに走る。走り回った。
さすがに、紀子と美穂が、眠い目を擦りながら姿を現した。