落ちてきた将軍
武士であり、江戸幕府の重鎮であり、そして、次期将軍様である・・・その重責は計り知れない。綾乃は、自分に出きる事なら、何でもしてやりたいと神妙な面持ちになった。
綾乃は正直な女である。気持ちを許すと、何の疑いも無く、その心と体は走り出す。それほど、純粋なのだろう。綾乃は、家慶の名前を、そっと呼んだ。
「家慶様・・・・」
腰を折り、少しだけ、前屈みになる。綾乃の頬に、赤みが差した。そして、呆れ顔で立ち上がると、ヤカンを手にして、がちゃがちゃと音を立てながら、水道の蛇口を捻った。
「・・・ったく・・・何が吉兆よ・・・バカ殿」
家慶は、腕組みをしたまま、鼾を掻いていた。