落ちてきた将軍
第8章 吉兆
四日が過ぎた。正月、七日。
綾乃は店を閉め、家慶を過去へ戻す術も思い立たないまま、時だけが過ぎていった。
店の事が心配で、夜中に様子を見に行った。別段、荒らされた様子は無かったが、油断は出来ない。
俄か夫婦の暮らしに、少しだけ心を躍らせていた綾乃だったが、水が入った。居候が増えたのだ。紀子と美穂である。店を閉じてしまったから、二人とも、やることが無い。自宅に一人でいるのは嫌だからと、綾乃の家に転がり込んできたのだ。
一人が嫌なのではなかった。日頃から、一人暮らしを謳歌している紀子と美穂である。お目当ては、勿論、徳川家慶。
今のところ、恋人もいない二人にとって、家慶の出現は、二人の好奇心を煽るのに格好の珍事だったのだろう。その証拠に、不安だとか、心配だとか言いながら、旅行バッグを抱え、嬉々としてやってきた。
敢えて、渦中へ飛び込むのは、被害を蒙る心配よりも、女としての好奇心の方が、遥かに勝っていたからだろう。女とはそういうものなのだろう。部屋はもう一つあるから差し支えは無いが、女が三人寄り集まってしまった。かしましい事、この上ない。だが、家慶は余程、女所帯を苦にしない性質(たち)のようで、逆に紀子と美穂を質問攻めにして楽しんでいる風でもあった。
そんな姿を垣間見ながら、綾乃は、また癪の虫がムズムズしていた。
暴走族に襲われ、胸のすくような大活躍を見た日が、遠い過去のようで、目の前に居る殿様の暢気振りに、呆れかえっていた。術が見つからないのだから、仕方がないと言えばそうだ。
ひょっとしたら、このまま、この家に居つくのでは・・・・などと妄想を抱いては、自嘲するしかなく、己を笑いながらも、今までの澱んだ心に、風穴が開いた事だけは確かだった。