落ちてきた将軍
雪の塊が、どかっと降ってきた。龍が竹林に頭を押し入れてきたのだ。
天を突く一対の角は、金を塗した様に煌いている。寂林庵など一呑みできそうな、大きく裂けた口。そして、鞭のように撓る黒い髭が、竹の枝葉を、尽く千切り飛ばしている。鱗が、漆を塗ったかのように、ぬらぬらと鈍く光っていた。赤みがかった金色の目が、蘭を見据えた。
忠邦は、足が竦んだ。そして、どうすべきか、己の心に聞いた。
刹那、忠邦は黒鞘に入った瑞剣をむんずと掴むと、裸足のまま庭に飛び降り、走りだした。向かう先は、龍の頭。忠邦は、足の裏で雪を掴みながら、真っ直ぐに突進した。鞘を抜き、瑞剣を掲げる。
雪下の竹を踏んだ。足の裏が裂け、痛みが走ったが、忠邦は、臆する事なく足を前へ出した。赤い足跡を残していく。龍が、頭を後ろに引いた。
「蘭を、喰らう気かっ!」
蘭は、振り向くと、ザクザクと雪を掴んで走り寄る忠邦に向かって・・・微笑んだ。
「蘭!・・・死ぬ気か!?命と引き換えの必殺かっ!」
忠邦は、咄嗟に、手に持った瑞剣を、振り向いた蘭に目がけ、槍の様に投げた。すると、投げられたその刀身から、錆が・・・雪に洗われ、剥がれ落ちていった。そして、終には・・・蒼い光を放ち出す。その剣、正しく瑞剣。
蘭は、かっと目を見開き、飛んできた瑞剣を空で掴むと、龍の下に飛び込んだ。そして、柄頭に片手を添えると・・・渾身の力で、龍の喉もとに向けて突き上げた。
小さな光の玉が飛んだ。 そして、瑞剣が、龍の喉許に突き刺さった・・・かのように思えた
・・・が、しかし、その切っ先は、龍の黒光りする鱗を一枚剥ぎ落としただけだった。